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*くらりと 眩暈(李典と楽進)

あまりにもひどい7ネタバレを含みます。










 李典の同僚には変わった男がいる。ただひたすらに一番槍を、突撃を望む男である。名は楽進、字は文謙。動きやすい為か腕を剥き出しにした鎧を着込み、双鈎と呼ばれる得物で敵将を引っ掛けて首をあげる小柄な男であった。いまの殿に登用される際に一緒に仕えはじめた男なので、よく一組のように扱われがちであるが、そんな事はない。どちらかといえば、相手の計略をお得意の勘でいなすのが李典の仕事であり、軍師や本隊と共にいる事が多かった。たまに第一線に立つ事もあったが、功をあげるというよりか罠の看破の方が似合いである。
「よろしくお願いします、李典殿」
「あ、あぁ、よろしくな楽進」
 なのであったが、李典は今回の戦にて一番槍の補佐として働くよう指示されたのであった。
「私は一番槍くらいしか、捨て駒くらいしか出来ないのです」だなんて、平然と酒を飲みながら言う男だ。自分の命をなんとも思ってないのではないか、と思うと背中がうすら寒くなったのを思い出す。武人としては理想かもしれないが、自分とは対極に位置しており理解しあえない男だとしか思っていなかった李典は、殿の命令に驚きを隠せなかった。あの男の補佐として、最前線に立つなんて! 功があげられる、と李典の部下は喜んだが、李典自身はあまり乗り気ではなかった。
「……どうかしましたか?」
「なんでもないんだ、楽進。あんたが気にするような、ことじゃあない」
 李典がへらり、と誤魔化すような笑みを浮かべれば、楽進もぎこちなくだが笑ってみせた。頬に一筋入った傷が、楽進の顔の動きに連動して歪む。その傷跡が「臆病者、」とせせら笑っているように、李典には見えた。

 俺の肌は戦場に立つ男としては、少し白過ぎるかもしれない。李典は浅黒く焼けた楽進の隣に立ちながら漠然と思った。楽進とは違い身体の大半を覆う設計をされた鎧を身につけているから、李典の身体には傷跡らしい傷跡はひとつもない。重たい得物を扱っているので、手はまめの潰れた跡だらけで無骨な様相を呈しているが、それくらいしか武人らしさがないのである。戦場で命を捨てたいだなんて決して思えないし、未だ叔父貴の死を受け入れられていない器の小さい男であった。だからこそ、目の前の戦にのみ集中し、軍師の「引け」という命令が下るまでひたすらに、鎧が鉢巻が敵の血に染まっても、剥き出しの腕に傷を追っても駆け続ける彼が羨ましかったのかもしれない。
「なぁ、楽進。なんであんたは一番槍を望むんだ? そりゃあ、功は立てられるし、殿にも見初められやすいかもしれないけど」
 李典の問いにきょとん、と楽進は目を丸くする。まるで李典の物言いが理解出来ないといった風である。李典は二人の間に明らかにある溝を、「気にしないでくれ」と言いながら頭をかくことで誤魔化そうとする。が、楽進にはその方法は役立たないようで、じっと、李典の目を見ながら口を開いた。
「……私が功をたてる、だなんて恐縮です。私はただ殿や李典殿、張遼殿や夏侯惇殿が出陣しやすいよう、……捨て駒として戦に立つだけです。……私の兵が、そのような事を言っていたのでしょうか? いつも、無理ばかりさせてしまっているから。一つの軍を任された将としては……あまりにも短絡的過ぎますよね」
 私には、それしか出来ないのです。楽進は対になった得物を片手で握り締めながら言う。李典は楽進の部下に、辛いと漏らされた事は一度もなかった。それどころか「うちの楽進殿ほど、素晴らしい方はおりませぬ」と言われた位である。彼らにとっては楽進のため、ほかの将軍のため、殿のために死ぬ事を誇りに思っているきらいがあるのだ。楽進と楽進が率いる一軍は、他の部隊と比べると、死を軽く見過ぎている。わかっていても李典はそれに口を挟む事は憚られた。それは彼らの生き様であり、信条なのだ。李典に彼らの人生を折らせる覚悟なんて背負えなかった。
「俺には楽進の生き方には、ちゃあんと同意なんかは出来ないぜ。あんたが捨て駒になるのを望むのを、否定なんか出来やしない。でもな、楽進。俺も、殿も皆、あんたを捨て駒にする為に一番槍を与えるわけじゃないんだ。……あんたを信じているんだよ、あんたが、生きて帰って一番槍の報告をしてくれる事をさ」
 早く行けばいい気がする。俺の勘、ってやつだけどな。そう言いながら李典が楽進の肩を叩いてやれば、「楽文謙、一番槍はお任せください」と、瞳を涙で潤ませながらも言ってみせた。

 遠くの野でものが焼けるにおいがする。楽進が背中を守ってくれる仲間を再認識してから、はじめての戦が始まった。


タイトルは選択式御題 さまさまよりお借りしました。

2013/03/12
msu
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