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きっと 一生忘れられないのだろうね(覇淮)

「なぁ、郭淮。泣き止んでくれよ」
 しくしく、と枕を抱きかかえ泣き続ける郭淮に、夏侯覇はお手上げであった。郭淮はもう三日も水以外のものを摂取せず、ただひたすらに泣き続けているそうである。夏侯覇がそれを知ったのは昨日、郭淮の屋敷を訪れた時であった。郭淮の従者の一人に呼び止められ、どうにか飯を食わせてくれ、と頼まれた時の事である。言われた通り人払いされた郭淮の部屋に入ると、声もあげずに泣いている郭淮が、枕に鼻から下を埋めながら夏侯覇を振り返って弱々しい声で「どうかいたしましたか、夏侯覇殿」と聞いてきたのだ。黒ずんだくまは三日前よりも大きく、目は赤く腫れていて、三日前からろくに寝ていない事は明白であった。「さっき郭淮に飯を食わせろ、って頼まれたんだ」こんな美味しそうなんだからさ、と言いつつ夏侯覇は郭淮に飯の乗った盆を差し出してやった。
「……がふっ。すみません、夏侯覇殿」
 盆に乗った粥を受け取った郭淮は、レンゲで米粒を掬っては戻し、を繰り返して冷まそうとする。が、げほげほ、と零れる乾いた咳の度に手が止まってしまうので、粥から立ち上がる湯気の量は減る様子が一向になかった。それをみかねた夏侯覇は「貸してくれよ」と郭淮から盆ごと粥を取り上げると、レンゲを使うのと同時に、息を吹きかげて早く冷やしてやろうとする。申し訳なさそうに夏侯覇から目をそらして下を向く郭淮に、夏侯覇は「気にするなよ、こんくらい普通だって」と、レンゲの手を止めて笑ってみせた。
「しかし夏侯覇殿に粥を持ってきていただいた上……けふっ、冷まして貰うなど、将軍に申し訳がたたな、」
 郭淮はさっと口を手で塞いで、平時よりも青ざめた表情を浮かべた。ぶるぶる、と郭淮が自分の身体を抱きしめる腕が震え始める。
 将軍。将軍。将軍。郭淮の敬愛する将軍であり、夏侯覇である夏侯淵は、もうこの世にはいない。三日前の戦いで、矢に射たれ命を落としたのだ。郭淮は夏侯淵の死を理解出来ないほど錯乱している訳ではなかったが、ふいに出してしまった言葉が許せなかったのか、夏侯覇の顔から目をそらすように鍋に視線を向けてしまう。
 夏侯覇とて、偉大な父である夏侯淵の死をまだ完全には受け入れられていない所がある。実際に射たれた所を見た訳ではないから、もしかしたら、なんて考えない事もなかった。もちろん有り得ない事は百も承知で、であるが。
「父さんの事だから、郭淮が飯を食べてくれない、ってきっと空の上で嘆いているぜ」
「がっふ……そうかも、しれませんね」
 夏侯覇がほら、と粥を盛ったレンゲを差し出せば、郭淮はそれをゆっくりと咀嚼し始める。「夏侯覇殿も、優しいのですね」と嬉しそうに言う、郭淮に夏侯覇の心はズキズキと痛む。
 夏侯覇は肉親の死を受け入れるのと同じくらい、郭淮が夏侯淵の面影を自分に探している事が辛かった。


タイトルは選択式御題 さまさまよりお借りしました。
#お前の書くこのCPが見てみたい でリクエストいただいた覇淮。

2013/03/12
msu
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