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恋情未満の触れ合いで(アマアズ)

「ちょっと待っておくれよ、にいさん」
 見覚えのある藍色の髪をした男を見付けたアマネは、思わず後ろから声をかけた。しかしながら声の通る役者であるアマネの声といえども、がやがやと人の多い休日の繁華街では少し遠くにいる男には聞こえていないようである。立ち止まりもせず、振り向きもせず、ずんずんと先へ歩いてしまっている。いくら彼が大きくて視界に入りやすくとも、これ以上離れてしまったら見失ってしまう。アマネはまるで舞でも踊るように優美に、それでいて効率的に人と人の間をすり抜けてアズラエルの方へと急いだ。
「こんな所で、なにをしているんだい」
「……アマネか、貴様こそなにをしている」
 やっと声に気付いたアズラエルは、くすんだ紅の瞳でアマネを、正確に言えば、彼の武器である珠波衣羅盧をじっと見つめて問い返す。己の肉体のみで闘う男と正反対に属する、平時は着物の一部でしかないアマネの武器に酷く興味をそそられているようであった。珠波衣羅盧じゃなくて俺を見て欲しい、という言葉をアマネはぐっと堪えてから、繁華街の一角にある店を指差した。
「あそこにある、簪の店に用があるんだ」
「カンザシ……?」
「いま俺が使っている、赤い玉のついた髪飾りの事だよ。新しくやる舞台の為に、新調しようと思ってね。……そうだ、この後時間があるならおめぇさん、ちょいと選ぶのに付き合っておくれよ。…………お礼と言っちゃあなんだけど、俺が欲しいもんが見つかったら、一つ勝負というのでどうだい?」
 勝負 と言った途端、彼は目の色を変えて食いついてきた。居るだけで構わないのならいい、とアズラエルは間髪入れずに返事をするものだから、アマネは「にいさんの、そういう素直な所が好きだよ」と、にこりとアズラエルに笑ってみせた。

「おめぇさん、これとこれ、どっちが好みかい?」
「……俺にわかるか」
アマネが左右の手に持ったカンザシを、交互にアズラエルへと見せてどちらがよいかと問うが、アズラエルにはてんで違いがわからなかった。ずっと、他人と戦う事だけを念頭に置いて生きてきた男である。文化的なものに一切興味を示した事のないアズラエルにとって、店に大量に並べられたイカルガ独特の品であるカンザシは、触ったらすぐに壊れそうなものにしか見えないのである。アマネが買い物を終えたら戦いに付き合ってくれる、と聞いて店に訪れたのはいいが、付いて来た事に少々後悔し始めていた。
「そんな、かたっくるしく考えなくていいんだよ。おめぇさんが直感で好きな色とか、形とか選んでくれたらいいんだ」
「……そこのアオ色のカンザシ、貴様の目と同じ色をしている」
 早く買い物を終えて欲しいアズラエルは、丁度目に入った蒼色の玉と銀細工が付いたカンザシを指差す。アマネがそれを手に取ると、小さいバネで固定された銀細工の蝶がまるで舞うように動いた。
「こりゃあ、凝った簪だ。おめぇさん、見る目があるね」
「一番ついている玉がキレイだと思っただけだ」
「……俺の目がそんなに綺麗だって事かい?」
「そこまでは言ってない」
 それでいいなら早くしろ、と急かすアズラエルをアマネはあと少しだと宥めながら、蝶のカンザシと元々手に持っていた数本を店主に差し出した。

×××

 アマネが店主を煽ててまけさせたり、オマケをつけて貰ったりしている間待ちぼうけを食らっていたアズラエルは機嫌が悪かった。アマネが話している間は大人しくしていたが、簪の梱包が終わるとすぐに「まだか、」とアマネを急かした。
「もう少し待ってよ。いま、にいさんが選んでくれた簪をつけてみたいんだ」
「舞台の為じゃなかったのか?」
「そうなんだけど、おめぇさんが選んでくれたって思うと嬉しくて早くつけてみてぇんだ。すこし位、いいだろ?」
「……はやくしろ」
 店主に出して貰った鏡の前で、しゅるり、とほどいた髪を簪でまとめ直すアマネの姿をアズラエルは何を言うこともなく後ろから見ていた。存外長い藤色の髪が、アマネの唯一男性らしい肩幅を隠すものだから、本当に女性のようであった。「本当に綺麗な役者さんだよ。俺たちの作った簪を使ってくれて嬉しい」と、語る店主に、アズラエルは適当に相槌をうつ。強い者と戦いたい、ただそれだけを信念に生きてきたアズラエルにとって、アマネははじめて見た役者であったが、綺麗なのはよくわかった。
 そうしている間に慣れた手付きで髪を結い終わったアマネは、くるりとアズラエルの方を向いてみせた。どうだい、と少しばかり自慢げに聞いてきた。新しい簪が買えたからか、感想を聞く相手が目の前にいるからか、どちらが原因であるかをアズラエルは理解出来ないでいたが。
「……いつもの赤いもとと比べると、雰囲気が随分変わるな」
「コレ一つで、気分も変わるしな。…………そうだ、おめぇさんも簪で髪の毛を纏めてみねぇかい? 長いし、きっと綺麗だよ。減るもんじゃないしさ、付き合ってくれたお礼にやらしてよ」
 先程買った袋の中からごそがそと取り出した簪を持ちながら、アマネは楽しそうに言う。
「俺はそんな趣味はない。……それにそれは、アマネが舞台で使うものなんだろ」
 冗談じゃない、と踵を返そうとするアズラエルの腕を、アマネは簪を持っていない手でぎゅっと掴んだ。力が強いアズラエルにとっては、簡単にふりほどけるほど弱いものであったが、ふりほどけなかった。アマネが、悲しそうな目でアズラエルを見てくるからである。
「……だって、この簪についた玉、おめぇさんの目みたいに綺麗な色だろ? さっきにいさんが俺の為に選んでくれたみたいに、俺はにいさんにあげたいんだ」
「…………勝手にしろ。どうせ似合うものか、つけてもすぐ外すからな」
 カンザシとやらを一度つけさせてやればすぐ満足するだろう。いま揉めるよりさっさとすまして、戦った方がいい。と判断したアズラエルは半ば飽きれた表情をしながら、要求を飲んでやることにした。そこに座ってくれ、と指さされた椅子にアマネに背を向けるよう腰掛ける。アマネは小さな櫛で、アズラエルのウェーブがかった髪の毛をとかしていく。手入れが行き届いてない浅葱色の髪の毛は所々毛束はからまっており、それをほぐす度にアズラエルは小さな声をあげた。
「おめぇさん、もう少し髪の毛を労わってやらなきゃ可哀想だよ」
「そんな事、どうでもいい。……それよりも、貴様が無理矢理櫛を入れるのが悪い」
「ちゃんと手入れしたら、ほんと綺麗になると思うなら言ってんだよ……っと、よし、出来た。案外似合うじゃねぇか」
 俺の目に狂いはなかった! と嬉しそうに言いながら差し出された鏡を受け取り、自分の髪を見る。背に無造作に流していた毛が綺麗にまとまり、首筋を撫でる風が少し冷たかった。
「どうだい? 気に入ったかい?」
「……よくわからん」
「じゃあ、暫くそのままで居てくれよ。にいさん」
 いつものにいさんも好きだけど、そうやって髪の毛あげたにいさんは新鮮でもっと素敵だぜ。にんまり、と笑いながら言われた言葉がなんだかむず痒くて、アズラエルは無言で店を出る。待ってよにいさん、この後付き合うっていっただろ! と、荷物を片付けながら叫ぶアマネの声も無視して、アズラエルはずんずんと来た道を引き返す。その道中、何度もカンザシを取ってやろうとも思ったが、アズラエルはどうしても取る事が出来なかった。


タイトルは選択式御題 さまよりお借りしました。


2013/02/11
BB
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