Box

**どうしておまえはなさないの(風魔)


どうして風魔は話さないの?
A.
声帯が壊れてるのさ説(幼少捏造)
B.実は 話せるのさ説(久小太)










声帯が壊れてるのさ説

 いつもと同じ日常は長である男によって遮られた。身が切れるように冷たい風を体に受けながらほぼ同年代の子達と遊んでいれば肩を叩かれて振り返る。誇らしげな顔をした母に手を握られた。
「……?」
「ほら、行くわよ」
 辺りの子は不思議そうに母に引っ張られて彼らが入った事のない離れに向かう様を見つめていたのだろう。止めてくれればいいのに、と思う。どうして僕だけ皆と引き剥がされるような行為をされるのか、納得いくような説明をされていないのに連れて行かれる僕は理不尽ではないか、嫌な悪寒が身体を駆けめぐるのをどうにかして欲しいとかという数多の考えが頭の中をぐるぐると循環している気がした。
 中には二人ばかしの大人がいた。一人はこの村の長である初老の男性、もう一人は見た事がない男だ。頭を兜で隠しているので知っていても見分けがつかないのだろうけども。
「やぁ、久しぶりだね」
 長は目を細めて嬉しそうに笑っていた。母を振り返れば矢張り誇らしげな表情をしていたのだが、手を離したかと思えばそさくさと部屋を出て行ってしまった。捕まえようと手を伸ばすものの届かずに、追いかけようとすれば穏やかに笑うのが常の長に血相を変えて怒鳴られた。
「だめだよ。君はここに残らないと」
 言うが早いか、かちゃりと音をたてて対刀をこちらに投げ飛ばしてきた。黒みを帯びた柄を見ると高価なものだと幼い風魔にも理解でき、手に取るのを躊躇いしゃがみ込まずにいれば隣にいた男が音も立てずに近付いてきていて喉元に小太刀の峰刃を当てられた。しかし、冷たい金属のそれを関知するまでは刃が首にあるなど風魔は露ほど思っていなく、気付いた後も肩をひくつかせるものの動けなかった。
(風が、吹いただけだったのに)
 まさにそれが名前の由来となっている。昔は“風”の“間”と書いて風間と名乗っていたものの、今や“風”の“魔”物なのだから、風が吹くだけでも彼らの主張に値するのだ。
「あぁ、小太郎くんを怒らせてしまったのかい? はやく刀を取って応戦しないと今度は殺されるよ、」
 言うが早いか、小太郎は風魔の首から刃をはなせば三間程離れて構え直していた。一方の未来の小太郎にならなくては殺されてしまう風魔はこわごわと目線をあげてただただ相手を見るばかりだったが、意を決したらしく対刀の中心に当たる鞘を引っ付かんでは背に下げて一寸あるかどうかも怪しい刃をぎらつかせながら握り締める。
 握っている原因が恐怖なのだから手は早くも鬱血したかのように色が悪くなったのが遠目にも見えた。
「―――――!!」
 相手の襲ってこないのを確認すれば風魔は一直線に小太郎へと向かい刃を喉元を狙って斬りつけるつもりだった、けれどそれは手に握られていた小太刀で防がれお返しと言わんばかり刀の切っ先を向けられ、風魔も己が持った刃で跳ね飛ばした。キン、と酷く金属質な音が響けば小太郎が掴んでいた刀は一間も向こうに凪がれておりそれは風魔の勝利を認めていた。
 そうなれば止まらない、小太郎を押し倒し馬乗りになれば暴力を喉元に突き刺してやろうと考えあぐねた最中にずくり、という嫌な音がした。
 風魔が驚いたように下にいる男を見れば籠手を纏った手刀で自分がしようとしていた事と同じ場所を突き刺されていた。
 痛みと共に風魔の意識がフェードアウトしていく。最後に思ったのは苦しみよりなによりも疑問だった。
 戦うつもりはなかったのにどうして自分はあんなにも好戦的に、しかも一族の実質の長に当たる“小太郎”を殺そうとかかったのだろうか。と。




 目を覚ましたのは見覚えのない部屋だった。
 二十畳はあるのではないかと思われる、布団が布かれている以外には生活感がまるでないだだっ広い部屋で、生活臭も無いに等しく昨日こしらえた場所だと言われても納得してしまいそうだ。
「…………?」
 なにも思案する事がなく、ふと疑問に昨日手刀を打ち込まれた場所はどうなったのだろうかと思い喉へ手をやれば血まみれの包帯が巻かれていて触った指には血がべっとりと付着していた。気味が悪くなって部屋から出ようと襖に向かえば後ろから肩を叩かれた。
「大丈夫、か」
 耳元で言われた言葉に聞き覚えがないものの風のように気配がない男と限定すると一人しかおらず、急いで振り返れば刀も兜も籠手も置き去りにした小太郎がいた。
 瞳を隠すように鬱蒼とした赤髪の中、映えるように爛々と輝いた瞳は黄金色。まるで大型の獣のような出で立ちであった。
「……」
 ぱくぱく、口を動かしてはみるものの何を言ったらいいのか分からずに舌からは言葉が出てこない。しかしながら意志の疎通をしなくてはならないと思い小さく首を縦に動かせば、昨日の傷がずきずき悲鳴をあげる。
 それを知ってか知らずか小太郎にひょいと片手で抱きかかえられては肩をぽんぽんと叩かれながらまた耳元で囁かれた。
「本当は俺達、代々の小太郎は話してはいけない存在だ。一族の実質的長になる為には何代目も全て声帯を痛めつける、でも俺の先代は慈悲深い男で助けてくれたんだ」
 途端に小太郎は咳き込みはじめた。話しては駄目という一族のルールならばめったやたらに言葉を発するとは思えないし、久し振りに喉を使っているのだろうと他人事に思った。
「……、だから俺はこんな小さい声でだが話す事が出来る。手加減した筈だから小さい声になっちまうが話せるだろう、けれど仲間の前では、敵の前でも話すな。そしたらお前は殺されてしまう」
 訳がわからなくなった。どうして彼は僕に言葉を話す余裕を与えたのだろう、敵にも味方にも話してはいけないのならいっその事一生話せないように痛めつけてくれればよかったのに。
 それを察したらしい小太郎は僕の頭を喉に怪我与えた腕とはまるで別物なのではとまで思わせる手で撫でてくれた。子供じゃない、と頭を振るなり相手の腕を掴めばやめてくれるのだろうけどどこか懐かしくて制止は出来なかった。
「大切に思いたい奴と話せないだけで仲違いしちまったから、と俺の先代は言ってたかな」
 三代目が一番人間らしかったのかもしれない、と四代目は苦笑しながら言っていた。
「独りだけで話すのは虚しいな。…俺は仕事ばっかして大切な人が見つけられなかった、お前が代わりに見つけてくれよ」
「……ん、父さ…っ」
 ひゅうひゅうと鳴る喉元に無理をさせて言葉を吐けば、口にせり上がってきた物が同時に零れ落ちた。赤い僕と小太郎の髪みたいなそれは血でしかなく、それを見れば小太郎は目を見開いた後に額に手をあてて苦笑をした。
「やっぱり言わなくてもわかるもんだなぁ。ごめんな? これはルールだったから教えてやれなかったし、さっきの戦いで家督をお前に譲った事になってるし俺は隠居決定だから、もう会えないな」
 目尻を下げて困ったように曖昧に笑う父親は今まで会えなかった日付を塗りつぶすかのように鮮明に記憶の中に焼き付けてくれた。
 どたどた、と渡り廊下を人が歩いてくる音がする。それに気付けば小太郎は僕を下ろして、屋根裏へと飛び入って消えてしまった。
「今日から、お前が小太郎だ」
 と、一言を残して。
 それと同時に襖が開けば大振りな木箱を従者に持たせた長が嬉々とした表情で立っていた。
「あぁ、いい目をした跡継ぎを先代は残したね。これが今日から君が着る衣類だよ」
 畳に箱を下ろせば鈍い金属が擦れ合う音がして、蓋を開ければ先ほど争うのに使った対刀と顔を覆い隠すような兜に身体にぴったりと沿いそうな忍び装束が入っていた。
「一度着てみるといい。サイズが合わなかったらもう一度作り直させるから」
 そう言われれば着ざるを得なかった。服に手を伸ばせば着終わったら呼べと言う旨を告げたかと思えばそさくさと部屋を出て行ってくれたので、渡された衣服に袖を通せばいつ採寸したのか疑問になる程に身体の筋肉を浮き彫りにするかのようなサイズをしていた。腰辺りにある金属でこしらえられた防具も籠手さえも完璧に合致した。
 兜も箱には入ってあったが形が気に食わなくて部屋に置いてあった兜を拝借して被る事にした。サイズはてんで合わない訳ではないものの少々大きく目元はおろか鼻まで覆い隠すようなデザインだが別に視界が大幅に妨げられてもさして問題がないような気がした。
 襖をうっすらと開けると長がただ一人残っていてこちらの姿を見ると不審な目をしてこちらを見てきた。入っていた兜を付けていないからだろう、と一人思いながら相手の発言を待つ。
「…その兜を使うとは思っても見なかったけど似合えばいいんじゃないのかな」
 曖昧な返事を零すと髪をむしゃくしゃに弄くれば、大きいため息をつかれた。
「ところで、先代は知らないかな? 代を譲った後は首を跳ねて殺すのが習慣なのだけど」
「…………!」
 頭が真っ白に変色した。籠手を纏っていない方の腕を長に突き出せば襟をひっつかみ、床に叩きつけた。なにやら罵倒している気もしないではないがそんなもの知った事ではなく首から滴る血を指になすりつけて白い敷き布団に文字を書く。
『なぜ』
「それがルールだからだよ、小太郎。私達は闇に生きる者共だ、現役を退いたら重鎮になるか死ぬかの二つしか選択はない」
『先ほどまでの長を』
 自分の血を墨代わりに書いていると知らない内の出血を含めて貧血のような状態に陥った。頭の中がくらくらしてきて兜の重みが耐えきれなくなって外し、籠手も畳に放り投げて筆談を続ける。
「でも今の長は私と君だ。でも君は決定権は持ち合わせていない、だから彼には死んでもらう」
 もう筆談の価値が見受けられもしなかった。ふい、と横を向けば「人殺しになれたらなんて事もなくなる」と不愉快な言葉を残し襖を開け放って出て行ってしまった。戦うわけではてんでないのでタイトな忍び装束を脱ぎ捨て、襦袢を羽織るだけの体制に戻る。先ほど着ていた服に血はついていないだろうかと少々心配になったものの、丁度傷を覆い隠さないデザインだったのか着替える前に渡された包帯のおかげなのか変色はしていなかった。
 それに対してため息をつけば、ひゅうと喉を風が通る音がした。首筋を辿るとよくわかる裂傷傷は致命傷は避けているものの声帯を著しく傷付けられているのが冷静に考えられたら。
 これはきっと背負うべき罰なのだ。命を奪う者として、影に風に生きる魔としての宿命と共に考えが張り巡らせる事が出来た。傷はこんなにも疼き、後遺症は将来を妨げて、痛みを与えた物事は決して忘れられはしないと、先代の小太郎が残していった兜を撫でながらそんな事を学んだ気がした。
 僕も彼のように髪をざんばらに伸ばして何にもかも踏襲して。彼が探しても見つけられなかったモノでも探してみようかと、人殺しだけで一生を全うして終わらない方法を考えあぐねる事に暫く没頭していたいと思う。












実は 話せるのさ説

「卿は変わっているね」
 白髪混じりの髪を結い上げた男は低く地を這うような声で、自分に問うているのか独り言なのかわからない音量で呟いていた。
「卿は不思議だ。人は複数に連なれば普通は言葉を発するだろうに至極落ち着いているのだね、これでは私が寂しく独り言を言っているようではないか」
 あぁ、別に気にしなくていいよ。と、こちらを一瞥もせずに流暢な言葉遣いで言い放てば主は趣味である見る人が見れば感嘆しそうな掛け軸やら漆器、陶磁器を眺めつつ物思いに耽っていた。この時だけは教養人である事を知らしめてくれるのであった。
 松永久秀。と、今では戦国の世の代名詞とも呼べる下剋上を具現化した男と言っても過言ではない。主君を殺し、上司を裏切って築き上げた地位は血塗られていて暗闇に生きる宿命を持ち合わしている身でも聞けば気分が悪くなる内容だった。故に野蛮な男だと常々思っていたのだが、茶の湯を嗜んだり今のように趣味の品を眺めている姿は血生臭い事からは程遠く、そのギャップに吐き気を催しそうに何度もなっていた。
「それは卿が忍だからかな? 私は卿に仕事として頼んだら卿は話すのだろうか」
 首を微かに降って否、と示せばからからと腹を抱えて笑い始めた。目にはうっすら涙さえも浮かんでいて不愉快この上ない。
「あぁ、そうだ。卿は人殺し……暗殺しか請け負わないのだっけか、ならば無理を言わせてしまったね」
 瞳から落ちた水を手で拭った松永は先程の会話など無かったように襖を開け放って、外を眺め始めた。屋敷に囲まれ正方形をした中庭には桜や紫陽花、金木犀に椿、雪柳と季節ごとに咲き乱れるであろう植物が植えてあって。初めて見た時はセンスを疑った。綺麗な花が咲いたり芳しい香りが漏れたりするのは承知しているものの、神も仏も信じずに大仏を焼き払ってしまう男なのに華やかなものが好きなのか、と。
 服装だって白と黒を貴重にしたシックなものを好み、収集癖のままに集めた品物だって鮮やかに金や朱を含むものがあるのは稀なのに。
「もうそろそろ桜が咲く頃、か。どうだ卿と私で花見でもするか?」
 縁側に座り込み彼の腕が届きそうで届かない距離にある桜の枝に手を伸ばして独り言のように呟く様子に怖気が背中を駆けめぐる妄想をした。
「嫌そうな顔をするのだね。……喋らなくてもいいから私に付き合い給え」
 口から意識せずとも漏れるのは溜息で、それを聴いた男は口角を釣り上げるような笑みを浮かべつつ隣に座れというように床張りの廊下を無造作に叩いていた。
 本来、自分と松永の関係は主従のそれにあたるのだから命令に従わなくてはならないのだが、忍という観念から見れば隣に並ぶという行為はあってはならない事になってしまう。そのような考えを巡らせたものの馬鹿馬鹿しくなってしまって素直に横について座れば興醒めしたかのように桜から目を逸らした松永に腕を捕まれた。
「……!」
「あぁ、見た場でも筋肉質なのは知っていたけれど予想を裏切らない身体をしているね。私にはないからか羨ましい事この上ないよ」
 腕を漆器を触る時のように浮かべる恍惚とした表情で撫でてくるものだから気味が悪くなって振り払おうとすれば、黒曜石のような瞳が「離していいなど言っていない」と主張しているようだった。
「まるで漆を塗られた木目のようだ。触れば離させてくれない魅惑的で蠱惑的な肌理をしている、本当な卿は男にしておくのがもったいない位だよ」
 ひんやりと冷たい手が頬に当てられたものだから、とっさに腕を引きたくなるものの命令やなんやら言って手を外してくれるとは思えないので大人しくしなくてはならなかった。
「あぁ、ところで花見の話なのだけどね…」
 思い出したかのように松永は話し始めた、こちらの肩に寄りかかるような姿勢をして。はたからこの光景はどのように見えるのだろう、矢張り少なからずは親しく見えるのだろうか、とぐるぐる思考が頭の中を巡回が止まらなかった。
「どうしたんだね? 無口なのは相変わらずだが今日はいつにも増して機嫌が悪そうだ」
 それとも春の陽気に当てられて体調でも崩したのかね? となんとも馬鹿にしたように(いつも他人を見下すような口調だが今日は非常に酷い)口許に微笑を絶やないまま首筋に手を置かれた。
「……!!」
「はは、苛烈苛烈。しかし仕方ないのではないかね? それに卿に風邪を引かれたら困るから熱でも測ろうとしただけだから気にしなくても構わないよ」
 白磁のようだと自分の皮膚を称したが、松永の手は自分よりも遙かに血色が悪く想像通り冷たかった。故に首筋からは熱が吸われていくような感触に襲われ意識しない内に肩が震えていたようで松永の笑みは一段と深くなっていく。
「そんなに私の手は怖いのかね? 私には卿程の力はないから首をへし折るとか絞殺は出来ないから安心したまえ」
 そんな問題じゃない、と口を開いて叫んでやりたいのを耐えながら松永を睨み付けていた。彼と初対面の時に声が欲しいかと云った内容の事を言われた事があるが別段声帯を切られたり焼き潰されたりしてる訳ではてんでなく目の前の男のように上手くいくかは別として詭弁だって言う事が出来る。
「……目が見えないというのは厄介なものだね。卿がなにを考えているのか考えにくい」
 ようすれば言葉を発さぬという行為は自分の矜持であるのだ。関わった者をその突風で蹴散らす事を役目とする風の悪魔として、代々受け継がれている「小太郎」として。
「はずしてもいいかね? この兜。言葉で意志の疎通が出来ないならせめて読心術位使わせたまえ」
 玄い闇を切り取ったような瞳と笑みがこちらへと向けられる。この男の歯牙に掛けられては言葉を漏らしそうになる口許を手で覆って飲み込めば松永の笑みはこれ以上ない位につり上がった。
「どうかしたのかね? 体調でも悪いならそこの布団で寝てもかまわないのだよ、まぁ伝説の忍が落ちぶれたと言われても仕方がないようになってしまうがね」
 叫びたい、松永を思いつくままの罵詈雑言で押しつぶしてやりたい。そんな傭兵として雇われた一介の忍が上司に対して抱く感情ではまるでない言葉を己のプライドという薄っぺらいメッキで覆い隠して誤魔化せるのはいつまでなのだろうかと思案する。
「早くどうにかした方がいいんじゃないのかね?」
 もうそんな膜は剥がされてしまってるかもしれないが。



2011/01/23
BSR
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