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しゃんしゃらん、(甘+凌)

 しゃんしゃん、と鈴の音が聞こえた。反射的に食膳に向けていた視線を目の前にずらしてみたが、踊り子が鈴をあしらった服を着て舞っているだけである。ち、と舌打ちしか漏れない。期待していた訳でもないし、問題もない筈なのに、むしゃくしゃとして、束ねた髪の毛先を指で弄る。その素振りはまるで情人を待っている女性のようだ、と他人事のように思った。
「やになるねぇ、」
 士気を高める為に宴が必要なのは重々承知していても、見たくない時に見れば煌びやかな衣装は目がチカチカするだけで綺麗とは思えなくなるし、優美な音楽だって雑音へと変わってしまう。元々騒がしいのが苦手なのも相俟って、自室に籠もって一人で酒を呷りたいと思うのも必然であった。
 適当に理由をでっち上げ、席を立ち上がり自室へと足を進めれば、後方から鈴の音がしゃらしゃらと未だに聞こえていた。まだ踊らなくてはならないなんて可哀想だと思いつつ、髪留めを乱暴に外す。重力に倣って肩へと着地した髪は、首筋をくすぐった。
「そういや、酒を切らしていたんだっけ……」
 しかし今から宴へ戻って酒を持ってくる気分には到底なれなくて、執務も残っていないし寝てしまおうか、と欠伸を噛み殺しながら思った。
 まだ後ろから鈴の音がする。いくらなんでもおかしいだろう、と後ろを振り返れば大きな酒の入った壺が見える。
「鈴の音が煩いっての」
「別にこれくらい、宴よりは静かだろ」
「……俺の部屋に入んな」
「一人晩酌なんて寂しいじゃねぇか」
 こちらの制止など聞かないままに、どかどか私室へと入り込んだ甘寧は、胡座をかいて持ち寄った酒の蓋を開けていた。部屋の主である俺がまだ座ってないのに、相変わらず破天荒な男だ。と呆れ、ため息しか漏れなかった。
「勝手にしたらどうだい? ……あんたなら、宴に居る方が楽しいと思うけど」
「んな事ねぇよ。ほらほら飲もうぜ、凌統」
 器にどばどばと酒を注いだと思えば、俺に押し付けてきた。その器をはねのけてやろうかとも考えたが、私室を汚すのも気が引けて受け取ってやる。
「やっぱり、綺麗な女に注いで貰った方が気分がいいね」
「俺が女の格好してやろうか?」
 からから、笑いながら後ろ髪を弄ってみせるものだから、思わず怖気がある。裸族が女装した姿など想像したくない、そんな筋骨隆々な女など悪夢である。
「女装したあんたにお酌されるなんて、想像したくないっての」
 凌統だったら似合うかもしれねぇな、と、とんでもない事を言い始めるものだから、中の酒を甘寧に向かって振りかけてやった。丁度髪にかかってしまったらしく、犬のように頭を振るって水気を落としていた。
「なにすんだよ!」
「あんたは、自分が言った言葉さえすぐに忘れちまうのかい?」
「あん? 覚えてるぜ」
 凌統が可愛いって、な。そう誇らしげに言われたものだから、こっちが呆気にとられる。いやいや、それは自信ありげに言う言葉ではないだろう。軍人である俺が可愛いという精神がわからない、誉められるというよりかは貶されているようにしか思えないのだが。
「そんな台詞、女にでも言ってやりなよ」
 床に置かれた瓶から酒を注いで、一思いに煽る。その拍子に水分が入ってはいけない所にいってしまったらしく、げほげほ、と口元を押さえて咳き込めば、甘寧は俺の背中を荒く撫でてきた。いつも物凄くがさつで無神経なのに、いらない時にだけ気が効く男だ。俺なんか放っておいて酒でも飲んでればいい、親の敵に施されたくなんかない。背中に纏わりつく甘寧を拒絶しようと睨みつけるものの、軽くあしらわれてしまった。
「たまには世話を焼かせろよ、この意地っ張り」
「誰が意地っ張りだって?」
「そういう所が意地張ってるって言うんだよ、凌統」
 俺から離れた甘寧は、何事もなかったようにまた器に手を伸ばしていた。

2012/05/22
msu
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