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みかえりは?(半官)

 冴えない頭を手で抱えながら上半身を持ち上げれば、月明かりの元で机の上の書状が墨だらけになっているのに気付く。どうやら執務中に、筆を持ったまま一眠りしてしまったらしい。平時なら居眠りを窘める方の立場にいるのに、なんという失態であろう。これでは上に立つものとして示しがつかない、と急いで紙を丸めて片付ける。
 寝るまで書いていた内容はほぼ暗記しているし、書状はまた後で書き直せばよい。それよりか、昼から一口も水も何を食べていない事による空腹の方が一大事であった。有岡の城に監禁されていた頃なら耐えられた飢えであろうが、すぐ食物が手に入る今だと耐えられる訳がなかった。
 こんな夜更けに下女を起こして作らせるのも気が引けて、ひとまず部屋に備蓄してあるであろう保存食を探す為に蝋燭へ火を点ける。それにより、月明かりだけでは見えなかった部屋の細部まで見渡せるようになった。
「あ、官兵衛殿。起きたの?」
「半兵衛……?」
 私の死角であった場所からひょっこりと半兵衛が顔を出す。いつも寝たいだの言って、執務を投げ出しているというのに、このような夜更けに起きているなど支離滅裂な男だ。
「遊びに来たのに官兵衛殿が気持ちよさそうに眠っていたから、起きるまで待っていようと思ってたんだけど。……俺も眠っちゃってたよ」
 俺も年かなぁ、とけらけら笑いながら半兵衛は私の横に座る。いつも被ってる帽子が無い分、余計小柄に感じた。
「いつから私の部屋に居た」
「官兵衛殿がうとうとし始めた頃かな」
「なぜ、私を起こさぬ」
「最近は全然眠ってないでしょ? 身体によくないって!」
 それに官兵衛殿の寝顔なんて滅多にみれないし、と要らぬ一言を付け足してから彼はごそごそと懐を漁り始めた。なにをしているのだろう、と眺めていれば彼は懐から餅を取り出した。彼の家紋にもある、あれである。
「官兵衛殿、お腹空いたでしょ?」「感謝する」
 どうぞ、と手渡された餅を口にふくむ。しつこくない甘さと、柔らかな食感がなんとも絶妙で一息に全てを食べきってしまう。礼もろくに言わずに食べてしまうなど、まるで飢えた獣のような醜態である。恥ずかしい。
「昼くらいから何も食べてなかったでしょ、そんな事したら身体に悪いよ」
「もとより体調の優れない卿に言われたくないな」
 手にうっすらついた粉を、いらない紙の上で払ってから片付ける。そうして執務をする前の状況まで整えていれば、ぽんぽんと肩を叩かれた。
「ねぇさ、官兵衛殿。見返りは?」
「……なにを言っている?」
 だからー、官兵衛殿にあげた餅の対価だよ。と満面の笑みを浮かべてから、そさくさと私の後ろに回った半兵衛は、私の首元へと手を伸ばしてきた。
「卿が放置した雑務は、全部私が片付けただろう」
「そんなの、俺にはなんの利益もないじゃん。官兵衛殿のわからずや!」
 訳がわからないのは卿だ、と言い返してやろうと口を開こうとした手前、彼は私の着物の下へと頭を埋めてきた。半兵衛の吐く生暖かい息が、首筋に当たって、びくりとする。
「は、半兵衛……!? 卿は、なにをして、」
 彼は何も言わずに、鎖骨辺りに噛み付いてきた。といっても、歯が肌に食い込んでいる訳ではないから痛くないが、くすぐったいような痒いような感覚に襲われる。半兵衛を振り解こうと思うのだが、真後ろに回られているものから、腕で追い払う事も出来なかった。
「官兵衛殿の肌、ってすべすべだね」
「結局、なにがしたかったのだ。半兵衛よ」
「内緒。というか、早くこっち向いてよ」
 自分から後ろに行ったのだろう、と呆れながらも座り直してやれば、彼は胸元にもたれ掛かってきた。私の身体は貧相極まりないものだが、彼の身体も羽のように軽い。相変わらず、体調は優れないのであろうか。
「……私は卿の母親ではない」
「さすがに俺だって、母親に接吻しようだなんて思わないよ」
 半兵衛は私の頬を舐めてから、していい? と首を傾げてくる。先ほど無言で噛みついた男が、今更何を言う。と、嗤ってやれば、彼は無言で私の口の中に指を突っ込んできた。爪は綺麗に切り揃えられていて、口腔をいかに引っかかれても痛くはない。けれど生理的に気持ちが悪くて、目元にはうっすら涙が浮かぶのがわかる。それに気付いたのか、痛かった? わざとらしく笑いながら、半兵衛に問いかけてきた。

2012/01/22
msu
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