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きみのいのりがきこえない(両兵衛)

 意識がふわふわと遠のいていった、きっとその所為で、何を考えでも上手く話を纏められないのだろう。官兵衛殿が気遣って遊びに来てくれるのに、彼を困らせてばかりである。
 なにもかも、どれもかも病の所為なのだ。と自己完結をさせると、諸葛孔明の再来だと言われてきた自分の衰えっぷりが露見したように思えた。軍略どころかまともな思考さえ、病は俺から奪っていく。
「気分はどうだ」
「相変わらずだよ。官兵衛殿は?」
 布団から身体を起き上がらせようとすれば、肩を押さえられた。官兵衛殿と目線を近付けたいだけなのに、それさえも許してくれないのだろうか。俺にはもう時間がないのは明白だ、だから一分でも一秒でも長い間彼の顔を見ていたいだけなのに。
「……少し不躾だろうが許してくれるか?」
「ん? 別に、気にしないよ」
 そうか、と呟いた彼は折り畳んでいた脚を伸ばしていた。なにがしたいのだろう、と不思議に思いつつ眺めていれば、いきなり寝転がった。そうして頭を俺の方へ向ければ、少しだけ、ほんのちょっと口角を上げて笑ってくる。どうやら彼が横になる事で、目線が合いやすいようにしてくれたようだ。
「あれ、官兵衛殿も昼寝をしたいの?」
 しかし、そんな事を口に出して言う度胸なんてなかった。俺の為に床へ伏せた、なんて認識は自意識過剰なのでは、と思ったのである。俺にはもう走り回る体力なんて残っていない。だから彼の機嫌を損ねてしまったら、もう会う事が出来なくなってしまいそうで怖かったのだ。
「私は卿とは違って忙しいのだかな。もし眠りたいのなら、出て行くが」
「えー。官兵衛殿がいるんだし、寝る訳ないじゃん」
「昔、私に膝枕をさせて寝たのは誰だ」
「あはは。そんな前の事を、よく覚えてるね」
 けらけらと笑えば、喉を圧迫するのかせき込む羽目となった。平生は寝ている方が楽だが、咳が続くと上半身をあげた方がよい、と背を起こそうとするが、弱った身体にはそれさえ、簡単に出来ないのであった。
「半兵衛。今、起こすから、卿は大人しくしておけ」
 息が吸えない俺の気持ちを代弁するように、官兵衛殿は背中を持ち上げて、さすってくれた。そのお陰か咳は収まり、ただ口の中に鉄の味を残すだけである。
「ありがとう。……いっつも助けて貰ってるなぁ」
 口元を拭えば、べ
っとりと赤い血が手につく。前回の喀血より、明らかに量が多くて怖くなった。いつも戦場で血をいつも見ていても、いざ自分となると恐怖も大きいものである。
「懐紙しかないが、これで顔を拭えば少しはよくなるだろう」
 揉んで柔らかくした白紙を俺に差し出してきた官兵衛殿の目は真剣だった。茶化すなんて出来なくて、有り難く貰い汚れた手のひらを拭く。粘着質なそれは簡単に落ちなくて苦戦していれば、官兵衛殿はどこかへ行ってしまった。
 病が移ると、どこかへ逃げ出してしまったのだろう。彼には俺と違って輝かしい未来があるのだから、この位で志を折る訳にはいかないのだ。そう、わかっている筈なのに目から涙が零れた。官兵衛殿が帰った後は毎度、無意識に流れる。最期の時も看取って欲しいのだろうか、また共に軍略を張り巡らせたくてたまらないのだろうか。何もかも、理解出来なかった。俺にはそれすら考える余裕もなかったのだろうか。
 血塗れなのも気にせずに顔を覆えば、余計に涙は零れた。これでは泣くのを助長させたようだと、手を離しても止まりなんてしなかった。ずっと下を向いていれば、突然斜め上から聞こえる声。
「どうか、したのか」
「あれ、なんでいるの?」
「湯を汲んできたのだが、迷惑だったか」
 桶の中に沈ませていた布を堅く絞りながら、官兵衛は申し訳なさそうに呟いたかと思えば、こちらから視線を逸らされた。
「そんな事ないよ、官兵衛殿。その布を貰える?」
「あぁ。私には、これ位しか出来ないからな」
 どこか悲しそうに言いながら布をくれる素振りに、胸が引きちぎれそうな思いになった。俺の事を案じてくれた喜びより、こんな彼を残して逝ってしまわなくてはならない自分が憎くて堪らなかった。
 顔や手を拭えば、血は先程とは違って大人しく落ちていった。これで血だけでなく、病さえ落ちて消えればいいのに、とありもしない事を考える。
「そんな事ないよ。官兵衛殿は充分優しいに、決まってるじゃない」
 綺麗になった手を彼に伸ばそうとするが、すんでのところで元に戻した。彼をこれ以上悲しませたくなくて、官兵衛殿の優しさに答えてはならない気がするのだ。
「そんな事ないだろう。……私が変わってやれれば、いいのに」
 その言葉だけは言わしたくなかったのに、それさえも病は赦してくれない。


お題by選択式御題さま

2012/01/22
msu
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