雨の事情
まだ日の昇っていない朝の4時。小さな物音で、目が覚めて部屋を出た。
それが忍の習性だからなのか単なる偶然なのかは分からないが、とりあえず部屋を出たのである。
暁のアジトの内の一つであるここは、多分私とリーダーと小南さんしかいない。
他のメンバーは別のアジトか各住家か宿か…とりあえずどこかにいる。
リビングと言うほど立派ではないが、1番大きな部屋の机には大量の折紙と、それによって造られた作品達が置いてあった。
華々しくないアジトには似合わないそれらは、とても丁寧に折られている。
「起こしたか?」
私に気付いた小南さんは、トイレにでも行っていたのか小さな手ぬぐいで水分を拭き取っていた。
いいえ、目が覚めちゃって。と伝えると短く返事が聞こえた。
「子供の頃にやらなかった?折り紙」
「少し、でも私は不器用でしたね」
「そうか」
再び折り始めた彼女から目を離し、部屋を見渡す。至るところに彼女の芸術作品が、絶妙な位置で点在していた。
それは、何か意味があるようだった。けれどそれを私に言わない彼女は、恐らく知られたく無いのだろうと心の中で理由をつけた。
触れれば消えてしまいそうな芸術達は、デイダラやサソリから見たらどう写るのだろうか、と、言うなら子供の好奇心と変わり無い興味が少しばかり湧いたのだった。
再び小南さんに目を移すと、雨隠れは湿気が多過ぎるな、と紙に折り目を付けながら小さく呟いていた。
そうか、だからなのか。と一人私は納得した。芸術達は、やはり触れれば消えてしまいそうだった。少なくとも私にはそう見えた。
「雨、止めば良いのに。そしたら紙も萎れないですよね」
そう言うと、彼女は答えるかのように僅かに微笑んだ。
彼女はこの里の雨の理由を知っていた。でも、私は知らない。
「雨は止まないわ」
何かを諦めている彼女は、淡々と紙を折りながらそう告げた。
「じゃあ、何で造ってるんですか?それ」
彼女はそれでも手を止めなかった。さあな、と一言だけ言う彼女はやはり諦めたような顔をしていた。ただ、先とは違い微笑んでいるようにも見えた。
私は折り紙を一つ手に取った。それは彼女の髪の色と同じく綺麗な藍色だった。
彼女が作品を造る理由を、私は知らない。
2月下旬、まだ朝方でかじかむ手で、不器用ながらも華を折った。ハサミで切り込みを丁寧に入れて、花びらを象っていく。
小南さんは、そんな私の覚束ない手つきを見ながらも、器用に同じように華を造っていた。
彼女のそれは、「暁」の雲模様と同じく赤色だった。
私が造り終えたところで、彼女は赤い華を私の造った藍色と一緒に、折り紙で造られた一輪の橙色の華がある花瓶に挿した。
そこまで来て、私は彼女の許容範囲を越えてしまっていた事に漸く気付いた。
「…すみません、なんか、私の下手くそで」
「そうか?素敵だと思うけど」
彼女は決して雨の止まないこの里で、それでも、彼女は心のどこかにあるかつての思い出を折っていた。
三色の華が示すものを私は知らない。
が、少ない記憶で辿った今日という日付から、彼女が造りだしていた芸術の意味を私は漸く理解した。
「…今日、お誕生日でしたね。小南さん」
「……ああ、そう言えばそうね」
本当に彼女は忘れているかのようだった。なら誰のために?と疑問には思ったが、それはやはり彼女の許容範囲を越えてしまうだろうと私は言葉を口の中に飲み込んだ。
今日の彼女は、いや本来彼女はこんな犯罪組織には似合わないほど優しい心の持ち主なのだと、そう思った。
「止みますよ、雨」
飲み込んだ言葉の代わりに出たものは、自分でもまだ不確定な未来。
「…そうだな、今日くらいは神も泣かないかもしれない」
彼女の呟きに答えるように、私は僅かに微笑んだ。
雨の事情
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小南さんと弥彦さんのお誕生日ということで執筆させて頂きました!
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