たべものの恨みはおそろしい


「…やばい」

空っぽになったプリンの容器を見て、私は立ち尽くした。

今日は朝から任務ばかりで高専に戻ってきたのはもう夜遅い時間だった。祓ってばかりでまともな食事も摂れず、身体と頭を酷使したからとにかく糖分が欲しかったのだ。
高専に戻って早々、生徒共有の冷蔵庫を漁る。確か、私が前に買っておいたコンビニスイーツがあったはずなのに、ない。
その代わりにぽつんと置かれたプリン。私が買ったものではなかったけど、後で買い足せばいいやとそれを食べてしまったのだ。
そして、食べ終わった後に底に書かれた“五条”の文字を見て血の気が引いて今に至る。

「……ど、どうしよう…」

しかもこれ、よく見たら並ばなきゃ買えないと噂の銀座の有名スイーツではないか。尚更まずい。
大の甘党の五条が、自分の大事なプリン食べられたなんて知ってしまったら、なにを要求されるか分かったもんじゃない。
一応、私と五条はお付き合いをしている関係だ。…だからそこまで凄いことを要求されることはない、と信じている。今のところ彼女の私に優しい素振りなんか全然してくれないけど。
とりあえず、ゴミ箱の奥底にプリンの容器を沈めて見えないようにする。

「…一応、上目遣いとかして許しを乞うてみるか?いや需要ないか…。今から並んで朝イチで買ってくる…?」

どうにかして五条にバレないうちにどうにかしなければ。うん、やはり新しいものを用意するしかない。時刻は午前1時を過ぎた頃。お店の開店は9時だったはず。明日は任務が入らなければ休みの予定だし、いける。
ここで立ち尽くして誰かに見つかるよりさっさと出てしまった方が安心だ!と意気込んで振り向いた、そのときだった。

「何してんの?」
「………ナンデモアリマセン」
「いや嘘下手かよ」

冗談抜きで心臓が止まるかと思った。こんな真夜中に振り向いたら大男がいたら誰だって驚くだろう。
突然目の前に現れたこいつは怠そうにあくびをしながら私を見下ろしている。
…まだ、バレていない。

「さっき任務から帰って来たんだ今からもう寝るところなの五条も早く寝なさいねそれじゃあおやす「何か隠してるだろ」…ハイ?」
「…何隠してんの?」

早口で捲し立てたからか、五条はいち早く私の背後にあるゴミ箱に何かがあると踏んだようだ。五条の言うとおり、私は嘘をつくのが下手くそみたいだ。
ゴミは一応奥深くに入れたけど。え、六眼ってゴミ箱の中身まで見えるの?なんて阿呆なことを考えている内に五条は私の後ろへと手を伸ばす。
まずい、と咄嗟に近づいて来る五条の胸に、飛び込んだ。

「っえ、」
「あ、あの…ちょっと…甘えたい気分、かも…?」

突然抱き付かれた五条はぴたりと動きを止める。無下限発動してなくて良かった。よし、動きは封じた。あとはここからどう脱出するか考えなければ。
普段私から抱き付くなんてことをしないから、五条は驚きからか全然動かない。かといってちょっと体重をかけてゴミ箱から遠ざけようにもこの大男は動かない。あれ、これ詰んだ?
ここからどうすれば…

「…名前」
「な、なに、五条…っん、ん…!?」

名前を呼ばれて顔を上げると、身を屈めて顔を近づけて来た五条にそのままキスをされた。つい反射的に離れようと胸板を押してみるが、伸びて来た五条の手に抱き締められ再び身体を密着させられる。
そんでもって、長い、息が続かない。
ぷは、と口を開けたところを見計らってぬるりと入り込んで来た五条の舌に私の舌が絡め取られる。段々と頭がぼーっとしてきて、自然と目に涙が浮かんで来た。
苦しい、けど気持ちいい。
ちゅ、とリップ音を鳴らしてやっと唇が離れていき、勢い良く酸素を取り込む。苦しさやら恥ずかしさやらで俯いていると、五条は突然むに、と私の頬を摘んで左右に伸ばし始めた。

「ひ、ひひゃいっ…!」
「…なぁんで今帰って来たばっかの名前からプリンの味がするのかなぁ?」
「はっ…!」

嘘だろ、キスの味でバレた?なんて恥ずかしいバレ方だ。
五条は言葉こそ柔らかいものの、目は笑っていない。もうこれは素直に謝るしかなかった。

「ご、ごめんなひゃい…」
「…なーんてな」
「へ…?」

ぱっと解放されてじんじんと痛む頬を両手で覆う。え、許された?
五条はぽかんとする私の顔を見て面白そうに笑った後、頭をくしゃくしゃと撫でてきた。

「そのプリン、名前に買って来たやつだから」
「え…だって、名前…」
「お前の名前書いたって硝子あたりが勝手に食べるだろ。俺の名前書いておいた方が食べられる心配ないし」

嘘だろう。それじゃあ、帰って来てから今までの私の苦労って一体…。
一人茫然としている私を知ってか知らずか、五条は楽しそうにケラケラと笑っている。

「なぁ、許しを乞うんじゃなかったの?」
「へ…?」
「上目遣いで」

するりと伸びて来た手に頬を撫でられ、思わず後退りする。

「ほら、やってみろよ」

意地悪そうに笑う五条に、私は心から「人のものは勝手に食べない」と固く誓った。
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