小説 | ナノ


▼ 七夕の願い

喫茶ポアロの空調にゆらゆらと揺られる笹の葉。
その周りには少年探偵団のみんなが願いを書いた短冊を持って集まっている。

「オレいーっぱいうな重食べたいって書いたぞ!」
「元太くんそればっかりですね…」
「コナンくんは何書いたのー?」
「…まだ書いてねえ(元に戻りたいなんて書けねえよな…)」
「哀ちゃんは?」
「…内緒よ」

その様子を見てカウンターで笑っていると、歩美ちゃんが1枚の短冊を持って私の服の裾を引っ張ってきた。

「名前さんも書こうよ!お願いごと!」
「私も?こんなおばさんのお願い叶えてくれるかな…」
「おばさんじゃないよ!名前さんは可愛いお姉さんなの!」

…何だか涙が出そうだ。歩美ちゃんを力いっぱい抱きしめたい衝動に駆られるが、後でいろんな方面から怒られそうだからやめておこう。
歩美ちゃんから短冊とペンを受け取り、いざ願いごとを書こうとした時、カウンターに乗り出してきた梓さんがにまにまと笑ってこっちを見ていた。

「…そんなに見られたら書きにくいですよ」
「あっ、ごめんなさい!つい…安室さんのこと書くのかなぁと思ってにやにやしちゃいました…」
「安室さん?何で私が安室さんのこと短冊に書かなきゃいけないんですか」
「えっ…」

梓さんは大袈裟に後ずさった後、さらに近くに詰め寄ってくる。

「何でって、お二人お付き合いしてるんですよね!?ほら、もっと一緒にいられますようにとか結婚出来ますようにとか…!」
「いやいや付き合ってないですよ!?誰が言ったんですそれ!?」
「えぇ!?」

驚きたいのはこっちの方だ。
確かに私は安室さんには少し気がある。ただそれは警察同士としての信頼感の延長線というか…とにかく、恋心ではないことを信じている。
大体、お願いして叶ってくれるならとっくの昔にそんなお願いしてた。
…今更、そんなこと願っても…と少し俯いて考えていると、後ろから褐色の手が伸びてきて私の肩を叩いた。

「いいじゃないですか、今日くらい星に願っても」
「…安室さん、いつの間に来てたんですか」
「ついさっきです。それにしても、驚きましたね。僕と名前さんが付き合っているだなんて」
「私だって驚きましたよ!安室さんが梓さんに勘違いさせるようなこと言ったんじゃないですか…」

じと…と安室さんを睨んでみても、彼はいつもと変わらない笑顔でにこにこしている。
…何か言ったな。

「まぁ、落ち着いて。せっかくですからお願いごと書きましょう」
「…そうですね」
「なんて書くんですか?」
「秘密です。安室さんは?何か書いたんですか?」
「…内緒です」

そう言ってにっこりと営業スマイルを向けてくる安室さん。ふと笹の葉に目を向ければ、1番上にそよそよと揺れる3枚の短冊を発見した。2枚はきっとここのマスターと梓さんのものだろう。だとすると、残りの1枚は安室さんのもの…。
しかしここからではさすがに文字までは見えなかった。

「…安室さん」
「はい?」
「抱っこしてください」
「…いきなり何言い出すんですか?お姫様抱っこなら喜んでしますけど」
「違います、ただの抱っこです。重くて無理なら脚立貸してください」

流石に安室さんもこんなお願いをされると思っていなかったのか、少しうろうろして考えた後に近くへと寄ってきて遠慮がちに立つように促した。
その様子を見ていた梓さんはJKが来店しないかはらはらしている。

「…じゃあ、失礼しますね」
「お願いします」

安室さんは私をひょいっと持ち上げると、わざわざ短冊が見えるように私のお尻のところに腕を持っていき、さらに高く抱き直してくれた。
下からは子どもたちのすごーい!たかーい!などの歓声やコナンくんの呆れたような笑い声が聞こえてくる。
さて、肝心の短冊は…?

「あれ…?」

空調でひらひらと揺れている2枚の短冊にはマスターと梓さんのお願いごとが書かれていた。しかし、あと1枚は真っ白…つまり何も書かれていない。慌てて他の短冊も見てみるけど安室さんの短冊はない。

「…お願いごと書いた、なんて僕言ってないですからね?」
「えっ騙しましたね!?降ろしてください!」
「誰も騙してませんよ。…それにしても、軽くないですか?ちゃんと食べてます?」
「ひえっ」

腰のあたりを撫でられ、思わず変な声を漏らす。子どもたちもいるってのに…!

「い、いいから降ろしてくださいっ!」
「心配なんですよ、こんなに軽いなんて。よし、ハムサンド食べましょう!腕によりをかけて作りますから!」
「わかったから降ろしてください…!」

安室さんは楽しそうにゆっさゆっさと私を揺さぶっては笑っている。絶対私の反応見て遊んでやがる…こうなったら、と少し身を屈めて安室さんの耳元へ口を寄せて囁いた。

「…高いところ、やだ…」
「………」

…うん、多少のぶりっ子感は許してほしい。もちろん様々な任務や仕事をこなしてきてはいるから高いところ、ましてや抱っこの高さなんて何ともない。
しかしこれが安室さんには何故か効いたようで、揺さぶるのをピタリと止めて私を床に降ろしてくれた。

「安室さ…」
「すみません、怖がらせてしまったようで。…名前さんの反応が可愛くて、つい…。許してくれますか?」

流石は安室透、少し眉を下げて謝る姿は女なら誰だって許してしまうだろう。もちろん、私も。
もういいです、とカウンター席に座り直し、ペンを握る。ちらちらとこちらを伺う安室さんを無視して、短冊に願いを書きあげた。

「なんて書いたんですか?」
「…言ったはずですよ、内緒です」

そう言えば安室さんはそうでしたね、なんて笑って珈琲のカップを洗い始めた。
コナンくん達もそろそろ帰る時間のようで、立ち上がり始めたのを見て私もお会計をするために立ち上がる。

「みんな、そろそろ暗くなるから一緒に帰ろうか」
「うん!歩美、名前さんと手つなぐ!」
「いいよー、右手は歩美ちゃん!左手は元太くんかな?光彦くんかな?哀ちゃん?それともコナンくん?」

ぼくです、おれだ!と騒いでいる元太くんと光彦くんを見て呆れている哀ちゃんとコナンくん。みんな楽しそうだ。
ふと安室さんの方を見れば、何か考え事をしているようで気難しい顔をして珈琲カップを拭いていた。
レジを済ませ、自分の短冊を持って安室さんへと近付く。

「安室さん、さっき書いたのあげます」
「…短冊ですか?」
「はい。安室さん、付けておいてもらえます?」
「いいですけど…お願いごと、見えちゃうかも知れませんよ」
「…いいんです。私のお願いも、安室さんのお願いも…みんなのお願いも、叶うといいですね」

ご馳走様でした、と一言伝えてから子どもたちと店を出る。
…きっと勘のいい彼のことだ。いくら鈍感でも気付いてしまうだろう。
どんな顔をされるのか、少し想像して笑っていると歩美ちゃんに不思議な顔をされた。

───
「あれ?それって名前さんの短冊ですか?」
「はい、付けておいてくれって頼まれたので」
「へー!あ、結局なんて書いたんでしょう…」
「…好きな人のことについて、書いてありましたよ」
「えっ!!そ、それって…あむ…はっ、いけない私ったら…」

少し慌てた様子で口を閉じた梓さんは急いでテーブルの片付けに向かった。
短冊を吊るそうと脚立に登り、もう一度名前の書いた短冊を見直す。

「…恋人、ね…」

“好きな人の恋人が平和でありますように”
そう書かれた短冊は、普通の人が読めばよく理解できないだろう。
例の事件のときにこの国が恋人だなんて言ったことを根に持っているのか、純粋にそう願っているのか…まぁ後者だろうが、名前らしい願いごとに思わず顔がにやける。
いつか彼女を恋人と呼べる日が来ることを願って、短冊を吊るした。

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