小説 | ナノ


▼ 赤井さんが禁煙

もう何度目か分からない舌打ちを聞いてため息をつく。

「…そんなにイライラするなら1本くらい吸えばいいでしょう?」

豚の生姜焼きに添えるキャベツを千切りする手を止め、煙草を赤井さんに渡すけどぺん、と手ごと叩かれてしまった。顔にはあまり出ていないけどこれは相当イライラしている。きっと無理な禁煙のせいだろう。
赤井さんが突然禁煙を始めたのは、一週間前のことだ。
いい加減休めとジェイムズさんに無理やり一週間休みを入れられ、やることもないから日本に来てくれたらしい。赤井さんが煙草を吸ったのは来た日の昼だけで、それからは吸っていない。

豚の生姜焼きをテーブルに置いてご飯を盛っても赤井さんはソファから動く気配はなく、テレビを見ながらたまに舌打ちをしている。何度もご飯できましたよ、と呼んでも返事はない。

「赤井さんってば!せっかく作ったのに冷めちゃう…」
「…うるさいな、黙ってろ」
「は…?」
「聞こえなかったか、黙ってろ」

一瞬、耳を疑った。
彼がそんなことを言うなんて珍しい、余程イライラしてるのだろう、なんて優しい思考回路は生憎持ち合わせていない。
赤井さんが来るって言うからこの一週間は仕事を早く終わらせて、材料も買って、美味しいって言ってもらえるように栄養面を気にしながら頑張って料理を作った。
日本食がいいという彼の要望にも応えた。それがこの仕打ちか。
赤井さんはまた不機嫌そうに舌打ちをする。
気が付けば、私は最低限の荷物を持って家を出ていた。


あまり面白くないバラエティ番組が終わり、部屋を見ると名前の姿がなかった。テーブルには冷めきった豚の生姜焼きなどのおかずとご飯、味噌汁。そして近くにはくしゃくしゃになった自分の煙草が落ちている。それを見てやっと自分が彼女にどんな仕打ちをしてしまったかを理解して、頭を抱えた。
上着や鞄がないからきっと出ていってしまったのだろう。
電話をかけてみるが、案の定繋がらない。まぁ、彼女ならきっとあそこだろうと予想して、彼に電話をかけた。

「…あぁ、分かった。すぐに行くから入れるように手配してくれ」

電話を切って生姜焼きを少しつまみ食いする。丁度いい味付けで冷めても美味しい。何故こんな美味しいものを自分は放ってしまったのだろう、と1時間前の自分を呪いながら家を出た。
───

「…苗字、いい加減椅子に座ったらどうだ」
「ほっといてください…」
「…はぁ…」

警察庁のオフィスの隅。私は降谷に見られながら泣いていた。
事情を説明すると降谷には帰れ、とただ一言。なんて冷たい人だ。

「……なんで急に禁煙なんかしたのかな…なんでだと思う降谷」
「なんでよりによって俺に聞くんだ」
「だって2人って似てるところあるじゃ…やめて睨まないで」

思いっきり睨まれてすぐに目を逸らすと、降谷はため息をついて口を開いた。

「…主流煙より副流煙の方が体に悪いんだ。赤井が苗字の傍にいる時だけ吸わないのは…ここまで言えば分かるだろ」
「…私のためですか…?」
「…さあな。本人に聞けばいいじゃないか」

降谷がそう言った次の瞬間、身体をぎゅうっと抱きしめられた。

「……」
「…すまなかった」
「……」
「…名前?」
「……」

何も言わない私に突然現れた赤井さんは軽く首を傾げて見つめてくる。でも私はさっきの赤井さんのある言葉を忠実に守って口を閉じていた。

「…名前」
「…赤井さんが、黙ってろって言ったんですよ…」

ふい、と顔を背けると赤井さんは抱きしめる手を緩めた。あぁ、やっぱりこんな面倒な女は嫌なのか。
またじわりと涙が出てきたとき、赤井さんはさっきよりも強く抱きしめて小さな声で呟いた。

「……寂しいんだが…」
「へ…!?」

あの、赤井さんが?寂しい?
勢いよく顔を上げて見れば、そこには少し眉を下げてこちらを見つめる赤井さんの顔。

「っなんですかその顔は!可愛い!ずるいです!」
「かわ…?よく分からないが、許してもらえるか?」
「…仕方ない、今回だけですよ。無理な喫煙なんてしないで、程々に頑張りましょうね」
「あぁ、分かった」

「…おい、そこのバカップル。そういうのは家でやれ」

…ついに痺れを切らした降谷に追い出されるはめになったのは言うまでもない。

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