∴ 1 「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」 にこやかに案内してくれる彼に向かって少しだけ微笑み、席へと座る。 そういえば、女子高生がイケメン店員がいるって騒いでたっけ、なんて思いながら未だにこにこしている彼にハムサンドと珈琲を注文した。 近くの席では蝶ネクタイがよく似合う眼鏡の小学生がオレンジジュースをつまらなそうに啜っている。…美味しくないのかな。 「お待たせしました、ハムサンドと珈琲です」 「ありがとう」 きちんとお礼を言ったのに、彼は少しだけ笑顔を歪ませる。無理もない、私がここに来ることは想定外だったのだろう。そして私も、この男と出会うことは想定外だった。 「(…どうして、“降谷零”がここに…)」 見たこともない愛想のいい笑顔、聞いたこともない優しい声、そして… 「安室さん、明日も来ていい?」 「ええ、もちろん。お待ちしております」 「きゃー!!」 …誰だ、あのホストは。私の知っている降谷零とは別人だ。安室?誰だそれは。 見事に頬を染め上げている女性に大丈夫ですか?って絶妙なタイミングで水のおかわりしたり、サービスですって優しく微笑んだり、おつり渡すときにまた来て下さいねって少し手に触れてみたり。 私はホストクラブに来たのか?と錯覚してしまうくらいの盛況ぶり。私は何を見ているんだろう、と混乱し始めてきたとき、珈琲のおかわりを持った女性店員さんが近づいてきた。 「あ、もしかして初めてのお客さんですか?」 「あ、はい…」 「何も知らないで来るとびっくりしちゃいますよねー、あの騒ぎは…」 今度は女子高生数人に囲まれていて、それでも笑顔で対応している彼。 「…あの人って、ここで働いてるんですよね?」 「はい、ここでバイトしてもらってます」 「それって、いつ頃からですか?」 「え?えーっと…ちょっと前からですかね。あ、でも探偵もやってるみたいで、ずっとお店にいるわけじゃないんですよ」 「……探偵?」 「はい!」 どうやらここの上の階に住む毛利小五郎さんに弟子入りしているようだ。 聞けば聞くほど、“安室透”についての薄っぺらい情報が入ってくる。すべて嘘、嘘、嘘。嘘で塗り固められた彼の存在に嫌気がさして、せっかくのハムサンドも喉を通らなくなってしまった。 このまま帰るのも勿体ない、このハムサンドに罪はないわけだし。誰か食べてくれる人…いないかな。 「お姉さん、随分安室さんのこと聞きたがるね?」 「え?」 声を掛けてきてくれたのは、さっきの小学生だった。 |