小説 | ナノ



 仕事に明け暮れて、朝は早く夜は遅くに帰る毎日だ。そんな生活だから、食べるものもインスタントやレトルトが多い。いい加減カップヌードルにも飽きたわ。そして今日は久しぶりの有休。今日は一日家で過ごそう、そう決めてDVDもたくさん借りて、つまみとしてのお菓子もたくさん買った。準備は万端だ。
ソファに横たわり、DVDの再生ボタンを押したその時、タイミング良くインターホンが鳴った。

「名前、出かけるぞ」

 パジャマ姿のまま出ていくと、愛しの彼氏様がお出迎えに参ったのであった。二月という春と呼ぶにはまだ遠いこの寒空の中、彼はワンループに巻いた黒のマフラーをしていた。

「わたし、今日は非番でこれからDVD見たいんだけど」

 彼、征十郎の誘いを遠まわしに断るように言うが、彼は聞く耳をもたずに、早く着替えろとわたしをせかすのだ。せっかくの非番だっていうのに、ごろごろしたいのに、という気持ちが強かったわたしは、いやだよ、と珍しく彼に反抗した。

「着替えるまで待つ。中に入らせてもらうぞ」

 わたしの反抗も彼は無視して、その上強引にわたしの部屋へと上がり込んできた。なんて傲慢なんだ。征十郎はいつも強引で、それでいてたまに自己中心的だ。

 そんな彼は、わたしの部屋を見るなり溜息をはいた。彼の視線の先には大量に積み重なったお菓子たち。

「…お前、またこんなものを食べているのか」

 呆れている彼をよそに、わたしは食べたかったんだもん、なんて子どもっぽく本音をこぼした。すると、彼からはちっぽけな我侭に対して倍のお説教がかえってきた。社会人にもなって、衛生面は考えないのか、とか自炊はしていないのか、とか質問攻めに会い、わたしはなにも言えなくなってしまう。

 ひと通り彼からのお説教を受けた後、彼は再び外にいくぞ、とわたしを誘いだそうとする。まだ着替えてもないわたしに彼は催促を求め始めるけれど、着替えやメイクも面倒で動く気になれない。そんなわたしを見かねて、征十郎はまた溜息をついた。

「寒いから出ないのか?」
「…うん」
「鍛え方が足りないな。それなら尚更外に出るべきだ」

 ああ言えばこう言うとは、まさにこのこと。彼の言葉は、わたしに引き笑いを起こしてしまうほど強烈だった。そうだ、この人はバスケで中学三連覇した学校の主将だった。トドメの言葉は、これでお前のしたかったダイエットもできる。一石二鳥だ、だ。わたしはついに、戦意を喪失した。

「さあ、いこう。今日この日この時は、もう二度と戻ってこないぞ」

 今日は、空が綺麗だ。
 彼の笑う表情は、空よりも綺麗な顔だった。

2013/02/24