学ランのインナーに何を着るかはそれなりに自由ではある。わたしの彼氏である西谷夕くんは四字熟語が印字されているTシャツを愛用してるようだ。実は密かに彼が学ランを脱いでいる瞬間に四字熟語をチェックすることが楽しみだ。海千山千とか、あんまり使わなさそうな言葉はどうやって知ったのかのは、ちょっとした疑問だ。どうやって知ったのかな。四字熟語一覧表みたいなものとにらめっこしながら決めたのかな、とか想像するだけで微笑ましい。今日の四字熟語は何だろう。
「紳士、協定……?!」
思わず声に出してしまった。なんだそれは。紳士協定ってなんだろう。雰囲気は伝わって来るけど、そんな団体実在したっけ?
「おう。どうした名前」
聞こえていたらしく、前の席の夕くんがわたしの方を振り向いた。
「え、えっと、ほら、今日のTシャツの字……」
「これか! いいだろ!」
はいそうですね、と頷ける感覚はわたしの中に存在していなかった。紳士協定って何?! これだけが渦巻いている。浅学故かもしれない。一応調べておこう。前の時間が古典だったため、机の上にちょうど出ていた電子辞書で調べる。紳士協定。あった。なるほど、暗黙の了解の一つ。実在する団体じゃないんだ。
「どうしてこの言葉を」
「紳士っていうのがなんか良いだろ! 女の子モテそうな感じが!」
……意味分からないまま着てたんだ……。
「そ、そうなんだ。どこに売ってるの?」
「ん? ああ、これ店に頼んで作ってもらってる」
「オーダーメイド!」
クラスTシャツとか頼むもんね、と適当に解釈しておく。わざわざ作ってもらってたんだ!
「名前もなんか作りたいのあったら紹介してやるよ」
「あ、ありがとう……」
着ないと思うけど、受け取っておこう。親指をグッと立てる夕くんに曖昧に笑って頷いた。するとしたらペアルックだと思うけど、ペアルックならTシャツじゃなくてもっと違う感じでお願いしたい。Tシャツを部屋着にも使わないようなわたしには、作っても持て余してしまうことが容易に想像できる。
「四字熟語ならなんでも良いんだね」
「おう!」
「彼氏ラブとかでも良いのかなぁ」
ちらりと夕くんの顔を窺うと、目がバッチリと合っていた。気恥ずかしくなってすぐに目を逸らしてしまった。
「い、いいんじゃねーか?」
「そ、そうだよね、四文字だもんね」
自分でしたことなのに、ものすごく恥ずかしくなった。本人を目の前にして。夕くんも黙ってしまった。ちらりと視線を上げては目が合ってまた俯いてを繰り返していると、授業開始のチャイムが鳴った。弾けたように体が跳ねて、慌てて次の授業の準備を始める。
その日はもうTシャツの文字を直視することは出来なかった。