「サボり魔、見っけ」
 授業中の屋上なんて誰もいないはずなのに急に声が降ってきて、仕方なく俺は顔にかぶせていた雑誌を取った。
 目を開けても眩しさで何も見えない。ゆっくりと俺は身体を起こした。
「そういう先輩こそ、サボり魔じゃないっスかー」
 まだ眩しくて顔は伏せたままにする。本当は最初に声を聞いた時点で声の持ち主には気付いていた。
「二口が寂しそうに見えたから、わざわざ来てあげたんじゃん」
「どんな言い訳ですか、それ。適当すぎっすよ。あと、俺は別に寂しくありませーん」
 おどけた口調で返事をしながら、ようやく顔を上げる。楽しそうな先輩の表情が目に映った。
「素直じゃないなぁ、二口は」
「すみませんね、素直じゃなくて」
「まぁ素直な二口なんて二口じゃないみたいで嫌だから、許してあげる」
 ひっでー言われ方だな、なんて苦笑いすれば、先輩も笑う。
「やっと笑った」
 安心した、というような声色とか、優しげなまなざしとか。この人はときにこんな風にたった一歳しかないはずの年の差を突きつけるような表情を俺に見せる。
「……そうですかね?」
 俺にはこうやって聞き返すのが精一杯で。
「うん。ここ最近の二口はいっつも難しそうな顔してる」
「俺のこと、よく見てるんですね」
 茶化すことでしか、この人と普通に喋ることができない。情けない、とつくづく思うが、こればかりはどうしようもないのだ。
「主将、大変?」
「まぁ。茂庭さんよりかはマシかもしれませんけど」
「自分たちが手がかかるって認めるんだ」
 ニヤニヤしながらこちらを見てくる先輩に、すみませんね、と軽く返す。
「どーせ、俺たちは手がかかる後輩でしたよ」
「かわいい後輩でもあったけどね」
「手がかかる、は否定してくれないんですね」
 あはは、と先輩の高い笑い声が二人きりの空間だけで響いた。
 無性に涙がこぼれそうになって、慌てて顔を伏せる。
「どうしたの?」
「あ、いや眩しいんですよ。そっちに太陽あるんで」
「あ、ホントだ。気付かなかった、ごめんね」
 またこうやって誤魔化して。
「つか、受験生のくせにサボっていいんスか」
「随分と今更な質問だね、二口少年」
「あ、そういうのいいんで。早く戻ったらどうですか?」
 こうやって意地を張る。
「はいはい、またね」
 この言葉が聞けなくなる日が徐々に近付いてきているというのに。
 俺は未だに逃げてばかりだ。

青春難民