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「ナミさーんロビンちゃーん!愛しの名前ちゅわーん!」
ナミ、ロビンと女子だけのお茶会をしていた昼下がり、耳に届いた声に小さく息を吐く。席を立とうとテーブルに手をつくが、その腕をナミに取られ立つことは叶わなかった。
「そんなに避けないであげなさいよ」
返事の代わりにまた溜息が零れる。きっとナミもロビンも困ったような顔で笑っているだろう。顔は見ていないけど何となく分かる。決して二人を困らせたい訳じゃない。困らせたい訳ではないけど、どうにも苦手なのだ。あの男が。
「レディ達、お茶のお代わりはいかがですか」
噂のあいつがテーブルにやってきて事々しく膝をつく。それと同時に私は、背を向けるように座り直した。最近ではその動作に慣れてきたのか、負けじと正面に回り込んでくる。
「名前ちゃん、君のために特別なデザートを用意したんだけどどうかな?」
「…いらない」
デレデレ顔を隠しもしないサンジを、もうお腹いっぱいなのと突っぱねる。けれど嫌な顔一つせずに、じゃあまた今度なと笑いその場を離れていった。酷い態度ばっかりとる私に怒りもしないで。あの人のそういう所が苦手。
サンジが階段を下って食堂へ入っていったのを見届けてから、あー疲れたと肩の力を抜く。
「…ナミ、痛い」
顔を上げると私の頬を抓りながら呆れ顔のナミと、楽しそうに微笑んでいるロビンが目に入った。
あんたって何でそんなに素直じゃないの?ナミからこの言葉を言われたのは何度目だろうか。誤解だと弁解するのもいい加減疲れてきた頃だ。
「好きだからこそどうしていいか分からないってこともあるものよ」
ね?と共感を求められても困る。私がいつサンジのことを好きになったというのか。そんな気持ちを発散するように、空になったティーカップを手の中で弄ぶ。
「サンジくんあんなんだけど、分かりやすく名前は特別って表現してくれてるんだから少しは向き合ったら?」
女の人に目がなくて誰にでもデレデレしてて、それでいて名前ちゃんは特別なんだだなんて。こんな嘘くさいことってあるだろうか。この話題になると長くなることを承知している私は、飲み物を取ってくると言って席を立った。
食堂の扉を開いてから後悔した。ナミとロビンの素直になれ攻撃から逃れることばかりに気を取られて、食堂にはサンジが居るという当たり前のことが頭から抜け落ちていた。
「名前ちゃん、何か用かい?」
私に気付き、振り向きざまににっこりと笑う。さっきまでのデレデレ顔とは違う大人っぽい顔。時々見せるこの顔も、苦手。
出来るだけ視界に入れないように視線を逸らしながら喉が渇いてと言うと、すかさず飲み物が出てくる。それを手に部屋を後にしようとしたが、名前を呼ばれ思わず足を止めてしまった。
「試作、食べていってくれないかな?」
サンジのこの声が苦手。落ち着いた、心の中にすとんと入ってくる声。思わず頷いてしまった自分が恨めしい。
嬉しそうに、どうぞと近くの椅子を引かれる。吸い寄せられるようにそこに腰を下ろし、気持ちを落ち着かせるために貰ったばかりの飲み物に口をつけた。
規則正しい包丁の音、食欲をそそる食材を炒める音に耳を傾けながらサンジの後ろ姿をそっと盗み見る。楽しそうに料理する姿に胸がきゅってなった気がしたけど、それごと流すようにまた液体を飲み込んだ。
「お待たせしました。」
程無くして目の前に出された料理に、鼻孔が擽られた。黄色く染まったご飯に淡い紫の花が添えられている。見た目も綺麗なそれに思わず感嘆の声が漏れ、急いで口を押さえたが手遅れだった。
スプーンでご飯を口に運び、美味しいと告げるとサンジは本当に嬉しそうに笑った。その顔を直視できなくて、無心でご飯を口に運び続ける。
「この花、サフランって言うんだ」
半分くらい食べ進めた頃、ぽつりと言った。花は好きだけど名前などに詳しくない私は首を傾げる。サンジが机を挟んで正面の椅子に座り、お皿の淵に寄せておいたサフランと呼ばれた花を手に取った。
「サフランって香辛料にもなるんだ。そのご飯の黄色もサフラン。」
「紫色の花なのに?」
そう、と言いながら差し出された花を反射的に受け取る。
「サフランの花言葉は愛への誘い」
「愛への誘い?」
市場の人に教えてもらったんだけどなと言う顔が、窓から差し込んだ日に照らされてきらきらしていた。目が離せなかった。もう逃げられないところまできてるんだと、漠然と思った。
「そろそろ信じて?俺名前ちゃんのこと、本気で好きだよ」
淡泊なあなたにサフラン
愛の誘い