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「ナーミすわああぁん!!ロビンちゃん!名前ちゃん!!美味しいパイが焼けましたので淹れたての紅茶と一緒にどうぞ!」


そう言ってバーン!!と勢いよくドアを開け放ち、甲板へとやってきたのはここ麦わら海賊団の一人である黒足のサンジだ。


「あら、気が利くわねサンジくん。丁度良かった。これから女子会にしようとしてたところなの」

「何っ?!今からそんな夢のような乙女の園が開かれるなんておれも混ざ…ぐほァッ!!!!」

「ありがとう。紅茶とパイは頂くわ」


目をハートマークにして飛び込んでこようとするサンジをナミが天候棒で殴り、その手からパイと紅茶が落ちる前にフルールの能力でロビンがキャッチした。


「サンジさん大丈夫?!」

「あ、ありがとう名前ちゃ…ゴフッ!」

「ハイハイ。名前はこっちでわたし達と一緒にお茶にしましょ」


倒れたサンジの元に素早く駆け付けた名前だったが、どさくさに紛れてそのお尻を触ろうとしたサンジに気付き、ナミが名前の手を引いた。もちろんサンジには鉄拳をお見舞して。


「サンジさんほんとに大丈夫かな…」

「あれくらいでどうこうしてたら、サンジ君は今頃この船にはいないわ」


名前の不安をよそにけらけらと笑うナミ。

ナミに連れられるままロビンの元へと戻ると、切り分けられたパイと紅茶が綺麗に机の上に並べてあった。


「わぁ!!ありがとうロビン!」

「いいのよ。それより名前…」


にっこりと微笑んだロビンがコーヒーカップを傾けながら、アーモンド型の大きな瞳で名前の方を見た。


「本当にサンジ君でいいの?」

「 っ!」


ロビンのその言葉に名前はバッとサンジの方を振り向き、彼と距離がある事を確認するとその頬を真っ赤にして俯いた。


「本当にいいのかだなんて、そんな…」


むしろあたしなんかがサンジさんを好きって事の方がおこがましいくらいですと消え入りそうな声で呟いた。

名前のその発言に顔を見合わせるロビンとナミ。


(ちょっとちょっと。名前ってばもしかしてサンジ君の気持ちに気付いてないの?)

(どうやらそのようね。
彼、基本的に女の子に対してああいう感じだから)


ナミとロビンがそんなやり取りをしてるなどとは露知らず、名前はサンジの作ったパイを幸せそうに口にしながら頬を赤らめるという、なんとも女の子らしい様子を見せていた。


「思い切って名前から抱きついたりしてみなさいよ!」

「ええぇっ?!!そ、そんなの無理です!私ナミさんとかロビンさんと違って胸も色気もないですし…」

「あら。名前可愛いし、胸だってそこそこ大きい方よ。気にする必要なんてないわ」


ロビンのその言葉に、名前は驚いたようにブンブンと首を振って飲んでいた紅茶を置いた。

ナミとロビンを前にして、というよりはそもそも自分に自信を持てた事などない名前の事。

益々しょげる名前を前に、ナミは何かに閃いたようにポンッ!と手を打つと一つの提案をした。


「じゃあゾロで練習してみるってのは?」

「練習…?」

「慣れるのよ!サンジ君との仲を深める為にまず、ゾロを練習台に使って…」

「だだだ、ダメですっ!!!!」


思い立つなり甲板の隅で鍛錬していたゾロを連れてこようとするナミの腕を慌てて掴み、必死に引き止める名前。


「私、サンジさん以外の人にそんな事…したくない、です」


(何この可愛い生き物!!!)


ガバッ!!


「きゃっ!」

「もうっ!!名前ってばほんと可愛すぎ!!
その感じでサンジくんにお願いしたら彼、絶対なんでも受け入れてくれると思うわ」


ぎゅうぎゅうと自分の胸に押し付けるようにして名前を抱き込むナミ。

それに触発されたのかどうか、ロビンも近くにいたチョッパーを腕に抱き上げて微笑んだ。


「そうね。せっかくなら…ワガママの一つでも言ってみたらどうかしら」

「わ、わがまま?」

「それいいわ!」


ロビンの言葉に目を白黒させる名前だったが、ナミは反対に怪しく目を光らせてパンっと手を叩いた。


「そーねぇ…じゃあ、こういうのはどうかしから」






















トントントン


キッチンから規則正しく響くその音は、サンジが野菜を切る音だった。

サンジに近付くというだけで反射的に頬が赤らんでしまう名前だったが、震える体をなんとか前に進め、思い切ってその背に声をかけた。


「サ、サンジさんっ!」

「ん? あぁ、どうした名前ちゃん。パイはお口に合ったかな?」

「は、はい!!すごく美味しかったです!」


包丁の手を止め、優しく笑いかけてくるサンジの姿に早くも茹でダコ状態の名前。

こ、これ以上サンジさんの事見てたらっ……!!


逃げ出したい衝動に駆られた名前がキッチンを後にしようとするも、そのドアの向こうでナミが首を振ってサンジの方を指差すので逃げられない事を悟った。


うっ……

も、もうこうなったらやるしかっ!


「ああああ、あのサンジさん!」

「どした?」

「サ、サンジさんは私の事…………ですか?」

「え?」


よく聞き取れなかったのだろう。

サンジが首を傾げ、包丁を置いて名前の方へと近付いてきた。


ち、近いーーーーっ!!!


「ごめん。もっかい言ってくれるかな名前ちゃん」

「サ、サンジさんはっ!」


歩み寄ってきたサンジとの距離はすごく近くて。

きっと顔を上げたらサンジさんの…

大好きなサンジさんの顔がすぐ前にあるのだろう。

名前は拳を強く握り、意を決したようにぐっと顔を上げた。


「サ、サンジさんは私のこ……っきゃあ!!」


ちちちちち、近い近い近いいいいぃ!!!


「おれが、どうしたって?」


もう近いなんてもんじゃないよこれは!!

く、唇当たりそう……!!

ていうかもう息!!
サンジさんの吐息、が


「ん?」


ゆっくりと名前の頬に滑るサンジの手。

こ、ここまで来たら言わなきゃっ…!

こ、これでダメならちゃんと諦める!!だから、


「サンジさんは私の事…どう思ってるんですか?」


心臓がうるさいくらいにドクドクと早鐘を打っていて。

でもダメだ…泣きそう。

自分で聞いといてサンジさんからの答えを聞くのが怖い…


「かっ、叶わなくてもいいんですっ。ただ…ただサンジさんが私の事どうとも思ってなくて構いません。構いませんから一度だけ、一度だけでいいので私の…私の、事…」


堪えきれずに落ちた涙が一粒。床にシミを作った。


あぁ、ダメだ。

やっぱり言えないし、確実にサンジさんからしたら変な女だと思われた事だろう。

やってしまった。あぁ…


ふわっ


「えっ?!」



けれども拒絶の言葉を予期していた名前が受けたのは、サンジの腕の中に優しく包まれる事だった。


「ごめん名前ちゃん。泣かせちまった」

「サ…ンジさ、 んっ!」


潤んだ視界の中、唇に触れる柔らかい感触。


「泣かせるつもりじゃなかったんだ。ごめんよ。
ただあまりにも名前ちゃんが可愛くて動けなくて…間に合わなかった」

「!」


それがサンジによりキスされたのだという事に気付き、名前は驚いて自身の唇を指で押さえた。

いやそんな事より…

そんな事よりも今、サンジが言ったその言葉…は。

その意味、は。


「おれは名前ちゃんの事が好きだ。そう思ってる」


ボロボロと涙を零す名前の背をあやすように撫で、ごめんなと優しく額に口付けてくれるサンジさん。

嬉しくて。

…だってそんな事絶対、有り得ないと思ってた。

だからナミとロビンに先ほど送り出された時は、もうそれで最後にしようと思ってた。

叶わなくても構わない。
だからサンジに一度だけ抱きしめてもらったらそれでサンジへの気持ちはきっぱりと諦めようと思った。

そう思っていたのに、


「サンジ…さんっ。 サンジさんサンジさんサンジさんっ!!!!」


どうしよう。

抑えきれないくらい私はサンジさんが好き。

大好きだ。


「積極的な名前ちゃんもイイね。可愛い」

「でもあたしナミさんやロビンさんみたいにスタイルよくないし、大人の魅力も…色気とかもなくってっ、」


だから疑ってしまう。

せっかく今彼から好きだなんて言葉を言ってもらえたのに、それなのに。

それは絶対に女の子を傷付けようとしないサンジさんの優しさなんじゃないかって…そう、思ってしまう。

だって私にはないから…

自信が、ないから。


「名前ちゃんはヒメユリって花を知ってるかい?」

「…ヒメユリ?」


戸惑うように首を横に振った。
名前的にユリ科の一種なんだろうとは思うが…わからない。

そう思って濡れた瞳のままサンジを見上げると、サンジはそんな名前の頭をひと撫でし、そのままゆっくりとその手で名前の顎を掬った。


「ヒメユリの花言葉は“変わらない愛らしさ”。君は出会った頃からずっと変わらない。おれの中では愛らしくて可愛いままの、素敵なレディだよ」


綺麗でスタイルのいい女性は確かに沢山いるけど、俺が可愛いと思って好きになったのはキミだけだと笑うサンジさん。

その笑顔が今私に向けられているだなんて。


「サンジ、さん…」


きっと今の私の顔はぐちゃぐちゃだ。

涙も鼻水も止まらない。

でもお願いです…

叶うならばもう一つ、
もう一つだけわがままを聞いてもらえますか?

今この幸せを噛み締めたいから。

サンジさんを強く、感じたいから。


「ぎゅってして下さい」




ヒメユリのわがまま.
           可憐な愛情.

(それはあなたにだけ。叶えて欲しいの)