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恋をしてる女の子って、すごく素敵だと思う。きらきらしてて、眩しくて、好きっていうたったそれだけで、笑ったり、泣いたり。ああ、好きなんだなあ、って、見てて胸がじんわりとして。
私も、こんな風に堂々と恋ができたら。って。

エースくんが好き。私は、エースくんのことが好きだった。でも、どこが好きなの?って聞かれたらきっと何も答えられない。どこが好きなのか自信を持って言えなくて、こんなの、本当に好きだって言えるのかって疑い始めて。疑えば疑うほど、息が詰まりそうなくらい胸が苦しくなって、痛みが増して。やっぱり好きだって思い知って、ちゃんとした理由を探すのに、やっぱり見つからなくて。

友達想いなところ、
ご飯を美味しそうに食べるところ、
たまにびっくりするぐらい真剣な横顔、
風にすくわれる真っ黒な髪も。
思いつく好きなところは全部、見た目ばっかりで。エースくんのこと、私は何も知らない。話しかける勇気もなくて、ただ見ているだけ。遠くから見ただけのエースくんしか知らない。私に向けられた笑顔じゃない、皆んなが見てる笑顔。私だけが知っている彼なんて、ない。


「いい加減自分が面食いだって認めろよ」


ふと耳に飛び込んできた声に肩がびくりと跳ねる。慌てて顔をあげたら、自分に言われた気がしたのはやっぱり気のせいで、声の主は教室の真ん中でエースくんに話しかけていた。

エースくん、面食いなんだ。

心の中の私が呟いた。途端、重りがどしりと胸に乗っかって。


おなかが痛いと適当な嘘をついて廊下に出た。教室を出るとき窓ガラスに映った自分の顔を見て、胸の重りがさらに重くなる。息を吸ったらギリギリに張った涙腺が緩んでしまいそうで、呼吸すらままらない。

わかってた、わかってたはずだ。エースくんの目に私なんかが映るはずがない。それは彼がたとえ面食いでなくても変わらない。可能性なんて元々あるわけない。私なんかをエースくんが好きになってくれるわけ、ない。

わかってたはずなのに、私、全然わかってなかった。全然、苦しい。

エース、エースって皆が言う。
私もそう呼んでみたい。親しみを込めて彼の名前を呼んでみたい。私に彼はあまりに、遠い。


「はい行き止まり」


すぐ目の前で何か声がした瞬間、いつの間にか走っていた私は勢いよく何かにぶつかって。


「いっ、た…!」


何かと言うより、誰かにぶつかったんだとわかったのは、壁か何かにしては温かい温度と「走る時は前見ねえと」と頭の上でした声に気がついた時。相手の鎖骨辺りの骨と当たったのか、額に重い痛みがズキズキと奔る。私思いっきり走ってたし、向こうも痛かったに違いない、謝らなきゃ、と慌てて頭をあげて、

息が止まった。


「全っ然おれの声聞こえてねぇな」


何回呼び止めたと思ってんだよ、と息を吐く唇。目の前の状況が信じられなくて、まばたきをしてみる。
おれの話聞いてねぇだろ、とエースくんが言う。エースくんが、喋ってる。エースくんの目に、私が映ってる。私に、話してる。


「なんで…?」
「なんではこっちの台詞だ。なんで泣いてんだ?」
「え…あ、いや、」


言われてやっと、泣いていた顔をそのままにしていたことに気がついて慌てて手の甲で拭った。ついさっきまで頭の中を埋め尽くしていたことを、まさか張本人に言えるはずもなく。答えられずに目線が廊下に逃げた。そんな私の上に、エースくんが続けた言葉が降ってくる。


「おれは、明らかに様子がおかしかったから追いかけてきた」
「……」
「なんで?って顔だな」


言葉の意味が理解しきれなくて、話す彼の顔色をこそりと伺ったら、柔らかい口元がいたずらに心を読んできた。


「おれが、苗字のことがすきだからだよ」


廊下にチャイムが鳴り響く。
あ、授業…。


「おーい、また聞いてねぇな!」
「え?」
「だから、すきなやつが泣きそうな顔して教室出てったら誰だって追いかけるだろって」
「な、」


何を、言ってるの。
嘘。うそだ。
嘘。

深い黒の瞳からどうしても目が逸らせない。
嘘だ、嘘だ。目の前にいるエースくんも、うるさい心臓も。嘘に決まってる。


「…悪い、急かすつもりはねぇんだが、何か言ってくれねぇかな」


どうすればいいのか分からなくて、言葉も出せずにいたら、気のせいか、エースくんの表情から少し余裕がなくなった気がした。


「………う、」
「うそ?」
「だっ、だって、私たち話したこともないし、ただ同じクラスにいるだけだし、共通点もないし、部活も全然違うし、雰囲気も、」
「ずっと見てた」


遮るように言われた言葉に、思わずなかなか開けない心と一緒に俯いていた顔をあげると、強すぎる黒が私を貫いていた。頭が2秒前に取り残される。


「おれを見てる時の目が好きだ、バレてねぇと思ってるところも、自分の良さに気づいてねぇところも、目が合いそうになって、逸らして、泣きそうになってる顔も」


どくん、どくん、心臓が脈打つ。夢、にしてはリアルだ。彼の視線も、私の呼吸も。彼の熱が瞳を通して伝わってくるみたいで、目の奥が痺れる。
ずっと好きだった、真剣な眼差しが、私に向けられている。


「おれもずっと見てたんだ。お前が何考えてるかなんて、見てれば分かる」


だめ。頭の中でサイレンが鳴る。
ああ、熱い。
期待、しちゃう。



ラベンダーよ、強くあれ


「すきだ、苗字」



期待の答えをくれた彼は、ほほ笑んで私の頬を拭った。



ラベンダー

期待、答えを下さい