999本のバラをあなたに


「死んだらどうなるんでしょうか」

柔らかなベッドの中で、さて寝ようと布団を被った時口走った疑問に先生はわざわざ体をこちらにむけ、肘をつき頭を起こした。

「世間の多くは輪廻転生を信じているみたいだけど」
「先生も?」
「さぁね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。死んでみなきゃわからないさ、どの道」

そう言ってしまえばそれまでのことなのだが…。枕に顔を押し付け唸っていると頭を撫でてられた。別にロマンチックな答えを求めていたわけではないが、こうもあっさり打ち切られるとなんだか悲しいものがある。顔を押し付けるピンクの枕カバーは新品のどこかよそよそしい匂いがしている。先生の身の回りには彼自身を含めて白で溢れていて味気なかったので、グソンさんと内緒で枕と布団のカバーを買ってきて付け替えたのだ。ピンクのチェック柄掛け布団を見た時の先生のきょとんとした顔は今思い出しただけでも相当笑える。つい先日の出来事にクツクツと肩を揺らし始めた私の笑いの理由がわかったらしい先生は、仕返しとばかりに力任せに私の枕を抜き取った。鼻が擦れて痛かった。

「鼻が擦れました…」
「ああ、すまない。君の可愛らしい鼻がこれ以上低くなっては大変だ」
「自分が高いからって、そういうのはよくないと思います。生まれ変わったらもっと高い鼻になってやるんですから」

枕を奪い返して、乱暴に頭を乗っける。

「輪廻転生は仏教やヒンドゥー教で顕著にみられるが、古代エジプトやギリシャ、あとイスラム教の一部でもみられる思想だね。キリスト教においての復活の概念も一度きりの転生と考えてもいいかもしれない。様々な宗教や信仰にみられる考えだ。因果応報、自業自得という四字熟語なんかは仏教の輪廻転生思想から生まれた言葉だね。もしも来世があるのなら、僕はきっとまともな人生を送れないだろう」

先生は私の髪を指に巻き付け遊びながら、自嘲気味な笑みを浮かべて遠い所を見ていた。窓の外は夜だというのにあまりに明るく、カーテンを閉めていない部屋の中はぼんやりと薄明るい。ネオンの毒々しい明かりを受けて、金色の瞳が憂鬱げに光った。先生は時折遠い所へ意識を飛ばしてしまう。私などが計り知れない遠い、深い、暗いどこかだ。それはもしかしたら、彼が以前読んだ本の中かもしれないし、彼自身の過去だったりするのかもしれない。

「まともかどうかは置いといて、先生は生まれ変わったら何になりたいですか?」
「生まれ変わっても、僕は僕になるよ」

よくわからないが、先生が言うのですごく説得力がある気がしてくるから不思議だ。先生が彼自身にしかならないのなら、私の答えも自ずと決まってくる。

「先生、私は先生のお母さんになりたいです」

毛先を巻き付ける指が止まった。ゆるりと金色が私を見る。

「あなたを産んで、育てて、生まれ変わってもあなたを愛したい」

先生は何も言わず、探るように私の瞳を見つめていた。私は臆することなくそれを見つめ返した。するとふいに視線が反らされ、先生はさっきの私みたいに枕に顔を埋めてしまった。そういえば彼にこうして直球な言葉で愛を伝えたことはなかった気がする。私は今更ながら恥ずかさと不安が込み上げ反応を伺いたかったのだが、とうの本人は枕に顔を埋めたままだ。

「…君は」

枕のせいでくぐもって聞こえづらい。身を乗り出して待ったが、それっきり何も言わなくなってしまった。先生が泣いているような気がして、恐る恐る頭を撫でてみると逆に腕の中に引っ張りこまれた。びっくりして見上げた顔はもちろん泣いてなどいなかったし、情けない表情でもなかったが、母親が子供にするみたいにその細いが逞しい背中をゆっくりと擦ると先生は大きく息を途切れ途切れに吐き出して、小さく掠れた声でありがとうと言った。いつになく弱気な様子に彼の一等柔らかく、脆い所に触れてしまったのだと後悔しながらも、拒否されなかったことを嬉しく思った。

「私は何度生まれ変わっても先生のことを愛したい。例え先生が望まなくたって、何度でも」

気付くと私は泣いていた。きっと先生が泣かないから、代わりに私の涙腺がその役割を果たそうとしているに違いない。

生まれ変わっても見つけ出して愛して欲しいとか、愛したいとかよく言うけれど、私はもっと確実に彼に愛を注ぎたい。私の知らない少年期の彼がもし孤独だったのなら、次は私が側に居てあげたい。そんなのはただの自己満足だと言われてしまうかもしれないけれど。

骨が軋むほどに抱き締める彼は、その時紛れもなく一人のただの孤独な人間だった。
999本のバラ:何度生まれ変わっても貴方を愛す。
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