誰でも自分の人生にはなにか意味があるのだと、そう信じているのかもしれない。少なくとも私はそうだった。私の人生には、この命にはなにか意味があるのだと。そう根拠もなく信じていた。いや、信じていたかったのだ。今はないけれど、いつかわかる時が来るのだと…。けれど私は潜在犯というこの社会の歯車にすらなれない不良品で、だからといって革命家になれるわけでもない、箸にも棒にもかからない人間でしかなかった。ただ殺意だけを持て余して、ゆっくりと死を目指すだけの存在。両親も学校の先生もそして私すらも、私という命に失望していた。そんな時だった。私は彼と出会った。いや、彼に見つけて貰ったのだ。 彼は、槙島先生は孤独な人だった。だからこそこの世で最も孤高で尊い存在であり、その知性の輝きも、惨忍な本性も、単純な容姿の美しさも、全てが人を惹き付けて止まない。そんな人だったのだ。まぁ、先生がある種最低な人間であるという意見も認めるが。…とにもかくにも、私もまた彼に魅了された一人であった。 けれど先生と過ごすようになってしばらくして私は、社会の輪から外れて、何色にも染まれず真っ白なままでいる彼が本当は寂しいのだと気付いた。彼は自分の孤独を理解されるなんて癪にさわるだろうから望んでいなかっただろうけど誰にも理解されないと、自分はどこまでいっても孤独なのだと諦めることが悲しくなかったはずはないのだ。私はいつの間にか差し出がましくも彼の孤独に寄り添えたならと、そんなことを願うようになっていた。彼に子供じみた恋をしているのでなく、心から愛しているのだと気付いたのもこの頃だったのかもしれない。 もちろん私が彼に愛されるなんて、そんなことはあり得ないとわかっているし、始めから期待などしてはいない。けれど私が彼と過ごした日々が、もしも彼の何かを変えたのならば、それがきっと私の命の意味だったのだと、そう思うくらいはどうか許してほしい。 ねぇ、先生 |