2929アンケ記念! | ナノ



危ないなあ、とは思っていた。経験値のなさとか、それゆえの警戒心の甘さとか。鉄壁の防御のように見える笑顔も、ひとたび懐に入ってしまえば意味をなさなくなる。志村妙という少女を、山崎はそう評していた。
土を蹴って走る。隠密活動の際に見つけた近道を通り抜け、男から聞き出した場所を目指して。

「姐さんっ!!」
「・・・山崎さん?」
「姐さん待って、それっ」

戸惑う妙に一直線に駆け寄り、その手に握られている花を掴む。

「この花、渡してもらえますか」
「え、あの」
「すみませんっ説明は後で!」

奪い取った花を素早く確認する。ああ、やはり。山崎は苦々しく舌打ちし、その花を躊躇なく川へ放り投げた。あっ、と声が上がる。川面に色が浮かぶ。このまま流れていけば、いつしか川底へと消えていくだろう。遠くなる花を目で追い、ひと息ついて振り返る。

「山崎さん、これは一体どういう、」
「姐さん、ちょっといいですか」

妙の言葉を遮り、その顔を覗き込んだ。小さく息を飲んだ妙が山崎を見つめる。

「あの花の匂いを嗅ぎました?こう、顔を近づけて」
「え、ええ。それがなにか」
「やっぱり」

妙の顔を観察する。艷やかな肌に桃色が差し、幾分か呼吸が乱れているようだ。水分を湛えた瞳はゆらりゆらりと揺れている。瞳の奥にある色は普段の妙には見られない感情。ああやはり、と山崎はため息を吐いた。

「姐さん、よく聞いてくださいね。姐さんが待っている男はここに戻ってきません。今頃厳重注意されてるはずです」
「・・・どういうことですか」
「姐さんが持ってた花があったでしょ?あれって、普通じゃ手に入らない花なんです」
「え?」
「花粉にある種の効果があって、生花では流通してないんですよ」

そう、普通では手に入らない。しかし問題はそこではない。

「まあでも、なんらかの伝手があれば手に入れることはできます。押し花にして眺めたり干して香辛料に使うだけならなんら問題ない。生花でさえなければね」

吐き捨てた言葉が冷たく響く。山崎が何かに怒っているのだと、その時になって初めて妙は理解した。

「──姐さん、息苦しくはないですか」
「あ・・・はい。言われてみれば」
「ですよね。あー、間に合わなかったかー」
「あの、それが何か」
「うーん」

見つめあったまま一瞬、静寂。そして、山崎が重い口を開いた。

「変な感じがするでしょ?身体が芯からだるくて熱があるような感じとうか思考がぼやけるというか。ある意味鈍感になるのに、別の意味では、あー、敏感になるというか」

その言葉に妙は目を見開いた。妙自身ですらよく分からない自分の変化を、どうして山崎は知っているのか。

「前に誤ってあの花の花粉を嗅いでいまった女性を保護したことがあるんですよ。症状が治まるまで大変でした。保護対象に手を出すわけにはいきませんし」
「・・・まさか、そんな・・・」
「そのまさかです。あれって贈り物ですよね?」
「・・・はい」
「つまり、そういうことです」

信じられない思いはあれど、あれを妙に贈った男の意図に気付かぬほど世間知らずではない。
ふらり、と妙の身体が揺れた。

「姐さん」
「大丈夫です・・・ごめんなさい、少しこのままで」

倒れかけた身体を支えるように、山崎の胸元に置かれた手。その手にあった花はもうここにはない。

「・・・あの人はお店の常連客で、よく私を指名してくれました」

話し上手な人だった。気前もよく、店にとっても良い客だった。よく笑って、いつも妙に優しかった。

「大事な話があると言われたので、ここで待ち合わせをしました。でもあの花を頂いたあと、すぐにどこからか連絡がきて。急な用事が入ったから少し待っててと。それを了承する意味で、一輪抜いてあの人に贈りました」

深く考えた行動ではなかった。あの時、男がどんな顔をしていたのかも思い出せない。

「私は・・・嫌われていたのでしょうか」

涙と共に零れ落ちた言葉。

「本当は馬鹿にされていたのでしょうか。優しくすれば何でもできる女だと、そう思われていたのでしょうか」

か細い声は黒い隊服に吸い込まれていく。流した涙とともに。

「俺はその人のこと詳しく知らないけど。きっとどうしようもないくらい姐さんのことが好きだったんじゃないですか。一夜の思い出だけでも欲しいと思いつめてしまうくらい」

思えば、妙のことを山崎に告げたのは、男に後悔があったのからじゃないだろうか。下劣な方法で妙を手に入れようとしたことの罪に耐えきれなかったのかもしれない。だからといって山崎は男に同情する気にはなれないが。

「少し考えさせて下さい」

妙はそう言ったきり黙ってしまった。思うところがあるのかもしれない。それは山崎も同じだった。
そもそも男を見かけたのはたまたまで、流通されていない花を持っていたから職務質問をしたまでなのだ。あの男は、あの花が流通されていないことは知っていたず。なのにどうしてあの花を大事そうに持っていたのか。それが疑問だったが、先ほどの妙の話で少し分かった。男がそれを大切にしていたのは、妙が贈ってくれたから。きっとそんな些細な理由。

「それでもやっぱり俺は許せないけどね」

恋と好意は別物だ。似ているのに明確に違う。男が胸に抱き、妙に期待したのは前者で。妙があの男に寄せたのは後者だった。それにあの男は耐えられなかった。それだけの話しだ。
妙の背中にそっと手を添える。震える身体は悲しさからだけではない。妙の口からはあ、と吐息が漏れた。

「つらい?」
「いえ・・・大丈夫です」
「そういえば詳しく話してなかったですよね。あの花の効果。薄々気付いてるだろうけど」

刺激を与えぬよう、手は添えるだけ。それでも普通ならありえない距離だ。しかし妙はなんら抵抗することなく山崎に身を委ねている。普段の妙ならありえない態度。それもこれもあの花のせいだ。

「簡単に言えば、今の姐さんの状態って発情期みたいなもんです。だから、このまま時が過ぎるのを待てば元には戻ります。ただし時間はかかるけど」
「どれくらいですか・・」
「人によるけど、早い人で丸一日だったかな」

妙が押し黙る。少なからずショックを受けているようだ。それに今は話すことも刺激になり辛いのかもしれない。

「もっと早く症状が治まる方法ならありますよ。都合良く宿も近くにあるし、今からなら新八くんが帰って来る時間に間に合うかも」

どうすればいいのかなんて明白だ。妙もきっと知っているはず。

「でもやりませんけどね。俺から誘うと弱みにつけこんでるみたいでしょ?それは嫌だなあって」
「山崎さん・・・」
「でも姐さんからは来ないって分かってるから。だから、こうするしかない」

背中に添えた手に妙の体温がしみ込んでいく。つらいだろうなとは思うけれど、これ以上山崎からは何もできない。抱きしめることさえも。

「姐さんに恋人がいたら話は早いんだけどね」

何ともなしに口にだしてみたが、その存在がいないことは把握ずみ。だから、

「俺が姐さんの恋人だったら良かったのに」

それならば、今は添えるだけしかできないこの手で妙を抱きしめることもできるのだ。



吊橋効果だって構わない
2017/04/08

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