「有効期限は僕が死ぬまで」、「絶対の願いを与えたもうたのは君」の続き
※金持ち坊っちゃん(沖田)と坊っちゃんの世話役(妙)の現代パロディ
沖田は窓ガラスを丁寧に磨く妙の横顔を見つめる。
「前から思ってやしたけど。なんであんなのに拘るかねィ」
「あんなのですか」
「あれだよ」
顎で指し示したのはテーブルの上にあるチラシだ。やけに金のかかったお洒落なデザインだが、書かれてる内容は仮装大会のお知らせ。
「あら、坊ちゃんも考えていただけました?私は清楚なワンピースでいこうかと思ってますが、坊っちゃんの希望があれば仰って下さいね」
「おまえが着るのか」
「まさか」
「俺は着やせんぜ」
「坊ちゃん」
妙が困った顔で沖田を見つめる。
「ワンピースはお気に召しませんでしたか?」
「そういう意味じゃねえ」
この話になると、妙と全く話が通じない。妙はなぜか沖田を女装させたがり、世界で一番可愛くて綺麗だと熱弁するのだ。される沖田は迷惑でしかない。
「でしたら、思い切って和服にしましょうか」
「なにが思い切ってだ。おまえが着なせえ」
「私じゃ意味がないんですよ。女装大会ですから」
「だから出ねえって言ってんだろィ」
何度も繰り返した会話にうんざりしてしまう。なぜ妙はこんなにも執着するのだろうか。それが疑問だった。それに、疑問はそれだけではない。
「その大会にあの男はいるのか」
聡い妙のことだ。これだけで誰を指しているのか分かるだろう。現に妙は窓ガラスを磨きながらすぐに頷いた。
「いますよ。連絡ありましたし」
「連絡?そんな報告は受けてやせんぜ」
「報告したじゃないですか。猿飛さんからお茶のお誘いがあったって」
「猿飛・・・ああ、あのドエム女か」
「ふふ、そうです。あの猿飛さん」
数日前、妙から今週末家を離れると言われたのを思い出す。たまに妙から訊かされる猿飛という女とは沖田も面識があった。変わった女だったが仕事に関しては一流らしい。その仕事が何かまで訊いていないが。
「あの男とはどういう関係なんだ」
「そうですね。あの人は猿飛さんの雇い主なんですよ」
ということは、あの銀色頭の男はああ見えてどこぞの金持ちなのだろうか。そんな沖田の疑問を感じたのか、妙は窓を拭く手を休め沖田に向き直った。
「銀さんはお金持ちでも名家のご子息でもありませんよ。ただの・・・ええと、なんて言えばいいかしら。なんでも屋さん?」
「なんでも屋?」
「そうです。この間も仕事で来られてたんですよ」
「仕事で女装ねえ・・・」
「坊っちゃんの方が美人で綺麗で可愛いですけどね」
「そこまでは訊いてねえ」
つまりあの男は仕事であの場所に来ていた。そういうことなのだろう。しかし沖田の質問の答えにはなっていない。微妙にはぐらかされた気がする。
「で、おまえとあの男との関係は?」
いつからの関係か、どういう繋がりか。どこで知り合って、今はどうなっているのか。なによりも気になるのは。
「あの男に会いてえから俺に女装させんのか。俺を口実にして、会うために」
椅子の肘かけに頬杖し、妙を見上げるように眺める。
「妙。おまえ、俺を利用してのかィ」
「私が坊っちゃんを?」
心の底から心外だとでも言わんばかりに妙が驚きの感情を浮かべる。
「まさかそんな疑いをかけられるなんて。信じられない」
「俺から離れる理由を作るためじゃねえのか?」
「・・・それ本気で言ってるの?」
久々に訊く妙の慣れた口調に沖田は口端を上げた。動揺している妙が面白くて、そして嬉しい。
「私が坊っちゃんを利用するだなんてありえない。そんなふうに思われることが屈辱だわ」
「さあ、どうだかねィ」
「私があなたに誓ったことを忘れたの?私があなたに何て言ったか」
言葉と共に、沖田の小さな手の甲に落とされた誓いの口づけ。
「『如何なる時もあなたと共に』・・・だったな」
二人だけの契約。二人だけの誓い。それはずっと沖田の中で生きていた。同じように妙の中でも生きていたのだと知り、今まで感じていた苛立ちが散っていく。
「妙」
軽く手招きすれば、すぐに傍らへと寄ってくる。
「あの男と連絡取り合うのは構わねえ。でも、おまえの主人は俺ですぜ。それを忘れねえように」
「もちろんです」
「ならもう一度誓いなせィ。今、ここで」
そしてあの時と同じように、この手にささやかな口づけを。
リピート・アフター・ミー
2016/10/29