2929アンケ記念! | ナノ



※金持ち坊っちゃん(沖田)と坊っちゃんの世話役(妙)の現代パロディ




沖田が家に帰り着いても、出迎えの中に妙はいなかった。先に帰ったはずだがいない。そういう決まりがあるわけではないのだが、あの顔を決まった場所で見ないと落ち着かないのは事実だ。見たら見たでイラつくことも多いのだが。
自室に入ると無造作にカバンを投げ、そのままベッドに寝転がった。静かな部屋の中で目を閉じる。このまま寝てもいいだろう。今ここに、沖田の行動を監視する女はいないのだから。


「───坊ちゃん。制服がシワになりますよ」

ささやかに触れる手が沖田の肩に温もりを与える。
耳慣れた声に目蓋を押し上げれば、いつもの笑った顔が目に入った。

「生徒会の用事はお済みになられましたか」
「終わったから帰ってきたんじゃねえか」
「お疲れさまです。あ、そうそう。私のクラスに沖田会長ファンがたくさんいて、今日も色々と噂してましたよ。かっこいいとか、かわいいとか。私としては綺麗を推したいですね」
「そんなことより飲みもんでも持ってきやせえ」
「はい。かしこまりました」

妙がふわりと微笑む。沖田の冷めた物言いなど妙にすれば慣れたものだ。




「坊ちゃん。妙です。失礼します・・・あら?」

部屋に入った妙が嬉しそうに目を丸くした。

「ちゃんと着替えてくださったのですね」
「お前が嫌味ったらしく着替えを準備してたんじゃねえか」

ふんぞりかえるように座る沖田の前にお盆が置かれる。お茶セットだけでなく、なにやらお菓子まであった。

「俺の部屋で茶会でもする気かねィ」
「それはいいですね。お話したいこともありますし」
「女装大会とかいうくだらねえことなら聞きやせんぜ」
「あらまあ、残念です」

一瞬、本当に話はそれだけなのかと思ったが、妙の様子を見ているとそうではないことが分かる。だてに長年一緒にいるわけではない。
沖田が無言で促すと、妙は嬉しそうに何かを取り出した。大切なものらしく扱いは丁寧だ。

「これです。坊ちゃんがとっても喜ぶものをお渡ししたくて」
「随分と勿体ぶるねィ」
「その眉間のシワもすぐに吹っ飛びますよ」

妙は満面の笑みを浮かべ、じゃじゃ−んと何かを掲げた。

「ミツバ様から坊っちゃん宛にお手紙でーす!」

そう宣言すれば、途端に沖田の表情が和らぐ。今までの冷めた態度が嘘のような主人を見て、妙は顔を綻ばせた。沖田が嬉しいと妙も嬉しい。それはずっと変わらない。

「このお菓子もミツバ様からの贈り物なんですよ」

真剣な顔で手紙を読んでいる沖田の邪魔にならないよう、しかしきちんと聞こえるように控えめな声で話す。

「いつものお菓子と違いますね。よく見ないと唐辛子がまぶしてあるって分からないし綺麗。美味しそうですね」

そんな妙の言葉が届いているのかいないのか、沖田は姉から送られた手紙に目を奪われていた。数年前までミツバもこの屋敷で暮らしていたのだが、今は療養のため離れて暮らしている。そのため、長い休みの折には沖田がミツバのところへ赴き一緒に過ごしているのだ。どうやら今回もそのことについてらしい。

「姉さんがまた遊びに来ないかって」
「それはいいですね! 善は急げ、今週中にはお土産を選んでおきましょうか。季節のお菓子で、辛くて可愛いものって何かしら」

ミツバへのお土産の候補をあれこれ挙げながら沖田をそっと見やる。普段は感情の分かりにくい沖田だが明らかに機嫌が良い。だからこそ、今から話さなければいけないことにどういう反応を示すのか。妙は考えただけで気が重かった。

「おい」
「・・・あ、はい? どうなさいました」

少し意識が逸れていたらしい。怪訝な顔の沖田と目が合い、反省する。

「おまえがぼんやりするなんて珍しいな。疲れてるなら下がっていい」
「いえ。申し訳ありませんでした。何か御用ですか」
「御用ってほどじゃねえけど、それを俺に出すのか気にはなるねィ」
「え、あ」

手元を見て驚く。沖田に淹れたお茶の色が透明だ。とういうより白湯だ。急須にお茶の葉を入れ忘れたらしい。妙らしくないミスに沖田は首を捻る。変な女だが仕事は確かなのだ。つまり、妙が心ここにあらずになる理由があるということ。

「妙。お茶はいいから理由を話しなせィ」

有無を言わせぬ物言いは命令に近い。妙は観念したのか、静かに口を開いた。

「実は、縁談のお話が」
「またか」

沖田はうんざりしたように吐き捨てる。この家に生まれた宿命か、沖田が高校に進学した頃からそういう話が一気に増えた。沖田にその気がなくても関係ないのだ。しかも相手がそれなりならば無下にもできない。何度かそういう場で食事をしたが、あれほど退屈でつまらない時間もなかった。

「返答はいつもどおりでいい。役目は果たすけど絶対に婚約はしねえって伝えなせィ」
「それは心得てます。でも今回のお話は坊っちゃんではなくて」
「は? まさか姉さん?」
「いえ・・・・私になんです」

沖田の目が驚きで見開かれる。しかしそれも一瞬で、すぐにいつもの表情へと戻った。

「どこのやつ?」
「どこのとは」
「この前お前に気安く話しかけてた成金野郎か。それともお前を食事に誘ってた優男か」
「いえ。先日いらしてた、」
「・・・チッ、あの野郎か」

真面目そうな男の姿を思い出す。そんな素振りは見せなかったから油断していた。まさか後日縁談を打診してくるとは。

「いつの話だ」
「今日です。帰り道で大事な話があると呼び止められました。あの方は家の大事なお客様ですからお話だけと思いまして」

沖田を通さないということは正当な申込みとはならないが、それも確信犯なのだろう。直接妙に気持ちを訴えたかった。それだけ本気だということだ。

「それでどうしやした」
「まずは坊っちゃんに報告しないといけませんから、保留にしていただいてます」
「お前はどうしてえんだ」
「今は坊っちゃんのお世話で手一杯ですから難しいとは思います」
「違う。お前の気持ちはどうなんだ」

縁談を受けるも受けないも沖田しだい。自分の意思で断るわけではない。妙の言い方ではそう言ってるも同然だ。それが無性に腹立たしかった。

「保留ってことは断るには惜しいと思いやしたか」
「いいえ。すぐに断っては失礼かと」
「返事を待たせるほうが失礼だろィ」

いつもと違う妙の様子が無性に腹立たしい。普段ならしないミスを犯したのがそいつのせいなことも。縁談の話をその場で断らなかったことも、そしてそれをすぐ報告してこなかったことも嫌だった。
──そう言えたなら、この関係も変わっていたのかもしれない。

「・・・俺から断りの連絡をいれる。この話はこれで終わり。お前はとっととお茶を淹れなおしやせィ」

深々と椅子に腰かけ、姉から贈られたお菓子に手を伸ばす。自分を見る妙がいつもよりほんの少し嬉しそうだったのは気のせいなのかもしれない。



本当のことを言ったってどうせ君は信じない
2016/10/28

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