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※「有効期限は僕が死ぬまで」の続き
※金持ち坊っちゃん(沖田)と坊っちゃんの世話役(妙)の現代パロディ









沖田の朝は早いも遅いも関わらず、軽やかなノック音で始まる。
コンコンコン、と三回。
その後に一拍置いてから、声がかけられる。

「坊っちゃん。妙です」

いつも変わらぬ優しい声音。沖田はその呼び掛けに適当な返事をする。
それを合図に、妙が部屋の扉を開けた。

「おはようございます、坊っちゃん」

室内に敷かれた柔らかな絨毯は足音を吸い込んでしまう。
純和風である沖田の家だが、沖田の部屋は洋風に設えられていた。

「ほら、今朝は良い天気ですよ。気持ちの良い朝ですね」

薄暗かった部屋が色を帯びていく。

「予報によると明日も晴れだそうですよ。久々にお庭でお茶でもしませんか」

語りかけるも返事がないのはいつものこと。まるっきり独り言になっているが、妙は特に気にすることなく窓を開けた。

「あら、ほんとに良い天気ね。坊ちゃん、ほら起きて見て下さいよ」
「・・・眩しい。寒い。閉めろ」

ようやく言葉を発した主人は布団に包まったまま。
寝起きの悪さは幼い頃から変わらない。それを沖田に伝えると、お前がババアなんだよと返された。寝起きでも口が悪い。そこもまた妙の知る沖田らしくて可笑しかった。

「坊っちゃん」

ベッドの横から声がした。その近さに沖田の顔が歪む。それに妙は気付かない。

「おはようございます」

布団から目線だけを向ければ、見慣れたソレが沖田を見つめていた。
優しい笑顔は昔から変わらない。初めて見た時から、ずっと。

「そこ、邪魔」
「あ、申し訳ありません。制服はそちらに用意してます。今日から夏服ですよ」

ふわりと離れていく妙の後ろ姿をそっと目で追った。白の分量が多い夏服。いつもより短いスカートが揺れるたび、しなやかな肌が目に晒される。
沖田は顔を顰め、苛立たしげに舌を打った。

「坊っちゃん。今日は学校行事についての会合があるそうですね」
「ああ」
「遂に校内女装大会の実現に向けて動き始めるんですね!」
「始めねえよ」

あれだけバッサリと拒否したのに妙はまだ諦めていないらしい。そういえばどこかのクラスの要望にそんなのがあったような気がする。あれが妙のクラスだったのか。見た瞬間、破り捨てたが。

「ゲスト参加はあの銀髪野郎でお願いしますね。坊ちゃんとの直接対決ですよ。公衆の面前で叩きのめしてやりましょうね」
「だからやらねえって」

また話題にあがる銀髪野郎。どうやら妙とその男は知り合いらしいのだが、妙は沖田に紹介する気はないようだ。沖田とて妙から男など紹介されたくもないが。

「そういえば、資料の準備はできていますか」
「誰かがやってんじゃねえの」
「生徒会長がご自分で準備できないなんて、皆さんに示しがつきませんよ」
「どうでもいい」
「そんなどうでもいいことで私の坊ちゃんが過小評価されるなんて嫌です」
「それこそどうでもいいだろィ」
「坊ちゃん」

視線を向けると妙がこちらを見ていた。

「どうして怒ってるんですか?腹立たしいことでもありましたか」

鈍感なくせに目敏い女。そういうところは昔から変わらない。

「俺が怒るようなことをお前はしたのかねィ」

沖田が怒りを露わにすることは滅多にない。気が長いからではなく面倒だからだ。大抵のものはどうでもいいので心が波打つことがない。
沖田の心を掻き乱すのは一人だけ。目の前にいる女だけ。

「坊っちゃんが怒る時は大抵私にですから」

それが分かっていてなお、素知らぬふりして微笑む女が憎らしかった。

「お前は笑うだけしか能がねえのか」

初めて会った時からずっとそうだ。弟と共に引き取られ、沖田に差し出された時からずっと。

「坊ちゃんの前で感情を乱し、吐き出せということですか。それなら無理です」

それこそが沖田の望んでいることだと分かっていても、妙には妙の理由があった。

「そんな契約はしておりません」

ふわり、と撫でる風のように笑う。

「坊ちゃんが立派な当主になるお手伝いをさせていただくことだけが私の望みです」

いつかの夜。
沖田は泣いている妙を見た。
震える身体を微かに折り曲げて、写真を胸に抱き締めながら泣いていた。
たった一人で泣いていた。
後から、その日が妙の両親の命日なのだと知った。
そんなことも知らなかった。
次の日の朝、いつもどおり笑っている妙を見て、自分たちの間にあるのは契約だけなのだと思い知った。
あの日からずっと、苛立ちが止まらない。

「・・・もういい。めんどくせえ」
「まだ怒ってますか?」
「くだらなくて萎えた。・・・おい」

顎で合図すれば、「はい」と妙がネクタイを準備する。沖田は白いシャツを着た姿で妙を待つ。

「夏服用のネクタイもデザインが素敵ですね」
「あんま変わんねえだろィ」

毎朝行われる手馴れた行為。目線は同じだが目は合わない。

「そろそろやり方を覚えましたか?」
「さあてね」
「でも坊っちゃんがネクタイの締め方を覚えてしまうと少し淋しいですね」
「じゃあずっとお前がやればいい」

ずっと、とはいつまでのことなのだろうか。二人の契約に期限はない。それは永遠でもあるし、明日かもしれない。沖田が舌打ちをする。内にある焦燥がじわりじわりと広がっていく。

「飯はいりやせんぜ」
「すぐに出ますか?」
「あと10分」
「ではお車の準備をするように伝えておきます」

制服に着替える沖田に一礼をし、妙は静かに部屋を出て行く。
変わらぬ日常がまた始まった。
今のこの現実が妙の望みでも、このまま進む未来は沖田の望むものではない。
だからいつか変えてみせる。
幼いあの頃にそう決めたのだ。
願うモノは今も昔も変わらなかった。


絶対の願いを与えたもうたのは君
2015/06/25

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