※現代学生パラレル
※「最悪な出会いのインパクトは絶大」と同じ場所、同じ時間軸です
※南戸さん目線
ほんの気まぐれだった。
女を虐めて興奮する性癖なんてないし、どちらかといえば女は可愛がりたいタイプで。
だから、自分好みの可愛い子にそんなことするつもりはなかったのに。
「返してほしいなら取りにおいで」
南戸が歩道橋の上から声をかければ、驚いたように目を見開かれた。
そんな彼女に向かって、年季の入ったキーホルダーを見せびらかすように振って見せる。偶然拾った彼女が大切にしてるもの。
「学校で待ってるよ」
来ないだろうと思った。分かった上で言った。
「俺の学校、男子校だけどな」
こんなことするつもりはなかった。すぐに渡してあげるつもりだった。なのに、なぜ。いつだって女は可愛がりたいのに、なんで彼女だけは違ったんだろう。
古臭いキーホルダーを弄びながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「よお」
「阿伏兎さん。おはよーございます」
男だらけの学校。はっきり言って馬鹿ばっか。騒がしい校舎内には色とりどりの頭があって、この人の頭もなかなか派手に仕上がっている。地毛だと言っていたが、それが地毛なら地球人じゃねえだろ。喧嘩の強さなら規格外だが。
「そういやあ、下のやつらがお前の股間潰してえっつってたぞ」
「ああ、あれか」
「心当たりはあるようだな」
「そいつの狙ってた女とヤっちゃてたみたいでして」
「へえ」
「誘われたのはこっちですよ」
「なら仕方ねえな。据え膳はありがたく食うのが礼儀だしな」
「わりと良かったって伝えておいてくださいよ」
「何が良かったんだよ」
とは、女かセックスかってことか。南戸は肩を竦める。
「まあ、両方ですかね?」
「くくっ、お前タマごと潰されそうだな」
確実に伝えとくわ、と強面が笑う。笑ったら余計に極悪ヅラになってしまうが、怒らせなければそこまで恐い先輩ではない。一応、ブレーキが効くからだ。完全にブレーキ機能が馬鹿になってる人もいるが。あれは人か?
「神威さんは」
何となく今思っていた人物のことを訊いてみた。他意はない。
「裏にいるぜ。機嫌悪りいから行ってみろよ。心霊スポットより肝冷える」
「阿伏兎さんが行ったらどーですか」
「今そこから逃げてきたとこだ」
裏、とは体育館の先にある裏門のことだ。裏門の近くには空き地のようなスペースがあり、昼間でもどことなく薄暗い。校舎からも離れているので生徒はあまり利用しないが、そこに近づかない理由はそれだけではなかった。
「おーい大ニュース!」
男だらけの教室に響いた声。興味を持った奴がどうした?と返事していたが南戸は無反応。だらけきった姿勢でダラダラしたまま携帯で女の子とのやり取りを続ける。こいつらの大ニュースなんざロクなもんじゃない。地域の評判もよろしくない男子校に通ってる生徒ってだけでロクデナシの集まりだ。そんな馬鹿の話を聞くぐらいなら、女のスイーツ話でも聞いていた方がマシ。
そう思っていたはずが、次の瞬間頭が真っ白になった。
「女子高生が一人でうちに乗り込んできてるらしいぜ!」
教室内が一気に騒がしくなる。
「女って!?本物?」
「マジマジ!見たやつが言ってたけどすっげえ可愛いらしい」
「マジかよやりてー!」
「ばかじゃねえの、まずはオトモダチからだろ!」
所謂不良も多いここは他校の生徒に乗り込まれることには慣れていた。しかし相手はもちろんこっちと同じ男だ。女が校門で彼氏を待ってることも希にあるが、柄の悪いこの学校に近付く女はそうそういなかった。
「つーかそれ南戸の女じゃねえの」
その言葉に視線が南戸へ集中する。
「は、俺?」
「マジかよ。南戸のチンコが忘れられねえって?」
「代わりに俺らじゃダメか訊いてこようぜ」
騒がしくて下品で何ともこいつららしい。いつもなら一緒に軽口を言い合うのだが、今の南戸にその余裕はなかった。
「どんな女だ?」
最初に大ニュースと言っていた奴に焦って詰め寄ったら訝しげな顔をされた。しかしそれに構ってる暇はない。
「もしかして黒髪のポニーテールで背の高い美人?」
「なんで知ってんの?」
あー、と南戸は頭を抱えて屈みこんだ。
まさか本当に来るなんて。
ああは言ったが、ここらで評判最悪の男子校に来るなんて思ってなかった。アレもいつか返すつもりだった。ごめん、と謝るつもりだった。
「え?マジで南戸の女?」
「違うけど乗り込んで来た理由は多分俺だよちくしょう」
屈んだまま唸っていると、またまた騒がしい声が教室に飛び込んでくる。
「おい!女が乗り込んで来てるって!」
「もう知ってんぞー」
「マジかよ!じゃあ、その女が裏に向かったらしいってのも知ってる?」
今度こそ本当に頭が真っ白になった。
裏と云えばこの学校で知らない者はいない不可侵の場所。頭悪い馬鹿でもそこには絶対に近寄らない。なぜならあの人がいるから・・・
「あ、おい南戸!?」
呼ばれたが無視して廊下に飛び出る。騒がしい校舎内。多分、話題はあの女の子のこと。
こんなつもりはなかった。こんなはずじゃなかった。
彼女が向かった場所に居るであろう人物を思い浮かべる。イカレた男だが女に手をあげる人じゃない。そこは大丈夫だろう。喧嘩以外に興味がないような男だ。
だが、もしもあの人が志村妙を気に入ってしまったら・・・。
「あーーくそっ!!!」
自分が巻いた種が違った形で大きく芽吹きそうになっていることに、ようやく気付いてしまった。
人生最大の汚点
2015/07/01