「遠すぎる」
氷がカラリと鳴った。
グラスの表面は水滴だらけで。
それに構うことなく、銀八は薄くなったアイスコーヒーに口をつける。
ガムシロップを入れ忘れたから薄くてちょうど良かった。不味いけど。
「先生は遠距離恋愛ってご存知じゃないんですか?」
「はいはい、あのめんどくせえシステムね」
「それは人それぞれだと思いますけど」
「よく言うだろ?遠くの恋人より近くの他人ってな」
はっきりと言い切ったら、向かい側に座る妙がふふっと笑った。
「先生らしいですね」
卒業したら会えなくなる。
それは可能性の一つとしてずっとあったけれど。
「私のため、ですよね」
最初から終わりの見えない恋だった。
始めてしまえば後戻りはできないと、互いの立場の違いを自覚しながら、それでも恋をして、手を取り合ってしまった。
見ないフリをし続けたツケが今になって返ってくるなんて。
「ここを離れる私が、何も気にせず進めるようにそう言ってくれてるんですよね。いつでも私の都合で別れやすいように」
「さあ?自意識過剰じゃね」
「先生に愛されてる自信ならあります」
「そりゃ良かったですね」
「だから、ワガママもきいてもらいます」
黒目がちな瞳がゆっくりと細まる。
「待ってて下さいね」
妙がにっこりと笑って言った。
「私がこっちに戻る日まで、私を待ってて下さい」
毎日学校で会えていた頃とは違う。会えない日々が続くと分かりきっている。銀八が妙のために言ってくれたことも分かってる。
それでもと妙は思うのだ。それでもこの人が良いのだと。
「バカじゃねえの」
「そうですか?」
「傍に居てくれる男に優しくしてもらえばいいいのに」
「そうですね。でも私は、傍にいないし優しくもない人がどうしてか好きなんですよね」
「ハッ、ご愁傷様」
鼻で笑ってアイスコーヒーを一気に飲み干す。小さくなった氷がグラスを鳴らした。
「つーか、なんで別れる前提?俺は元から別れる気なんざねーからな」
「え?」
「一生会えねえわけでもねえのに、別れる理由にならねえっつーの」
「でも遠すぎるって・・・」
「ただの感想だろ。実際遠いし。で、お前がソレを理由に別れるとか言わねえように、どうやって丸め込もうか考えてたとこ」
新しい世界に羽ばたいていく教え子の邪魔をする気はないが、遠くに行く恋人との関係を終わらせるつもりもなかった。
大人ならば身を引けと言われそうだけれど、大人なら惚れた女を最後まで面倒みろと言いたい。
「もしかして私の早とちりですか?」
「みたいね」
お前の本音が聞けて嬉しかっただなんて、口が裂けても言わないが。
開き直った乙女は強し
2015/06/24
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卒業して新天地へ行く妙ちゃんが浮かびました。で、先生が待つ側。
一人で遠くへ行く彼女にとって傍で支えてくれる相手が必要かもしれないけど、絶対に別れてやらない先生です(笑)