※金持ち坊っちゃん(沖田)と坊っちゃんの世話役(妙)の現代パロディ
坊っちゃん、と妙が正面を見据えたまま呼び掛ける。
「悔しくないですか」
「悔しくねえな」
沖田総悟の返事は何度訊ねても変わらない。
「私は悔しいです」
妙の見据える先には銀髪の女性の姿があった。
「あの方より坊っちゃんの方が可愛いのに」
唇をきゅっと噛む。悔しい。あの女に負けそうなのが悔しい。
「私の坊っちゃんの方が何倍も可愛くて綺麗なのに、あんな銀髪野郎に負けるのは悔しいです」
女に向かって野郎と言うのには理由があった。見た目は女。しかし性別はその逆なのだ。
「坊っちゃんだって女装したら今より何倍も何倍も可愛くて綺麗になります。女装大会だって当然坊っちゃんの優勝ですよ。だから出場しましょう!」
「やらねえよ」
沖田がふあっと欠伸をする。朝っぱらから叩き起こされたと思ったら、こんなくだらない理由だなんて。何が女装大会だ。でねえよ、でるわけねえよ。
「あんな銀髪野郎に負けていいんですか?私は嫌です」
「俺はかまいやせんぜ」
「私はかまいます」
妙がぐっと拳を握る。
「たとえどんな理由であろうと私の坊っちゃんが負ける姿なんて見たくありません」
それが当たり前かのように語る妙は沖田を見つめる。瞳は揺らがない。いつでも妙は真っ直ぐ沖田を見るのだ。初めて会った時からそれは変わらない。
「俺はいつからお前のもんになったんでィ」
幼い頃、両親を亡くした妙は弟と共に沖田家へ引き取られた。跡取り息子である沖田の遊び相手として。そして一番身近な世話役として。
「いつから坊っちゃんは私のものになったのですか?」
妙が不思議そうに首を傾げる。
「お前は誰のだ?」
沖田は疑問符に疑問符で返す。主人は誰だ。お前の主人は。
「私は私のですよ。沖田総悟が貴方のものであるように」
彼女は決して沖田を名前で呼ばない。家では坊っちゃん、学校では人目もあるため「沖田くん」と呼ぶ。そして距離をとる。坊っちゃんなら妙はいつでも傍らに居るのに、沖田総悟の近くには寄らないのだ。
「お前は俺のだろィ」
好き嫌いなどどうでもいい。うつろう感情にたいした意味はない。事実だけが真実だ。初めて会った時に交わした契約。如何なる時もあなたと共に。
「では、やはり女装大会で優秀していただかないと」
「なんでそうなる」
「私が坊っちゃんのものでしたら、坊っちゃんの負けは私の負け、屈辱は私の屈辱ですから。あんな銀髪野郎・・・パー子さんか銀子さんか存じませんが、とにかく坊っちゃんが負けるのは嫌なんです」
「女装する方が負けのような気がするがねィ」
「女装しなくても可愛いですからね。女装したら敵う相手なんていませんよ」
幼い頃から妙の方が大人びていて、身長も高かった。沖田は妙の主人であるが、実際は妙の弟のようであった。可愛いは妙の口癖のようなものだ。沖田に注がれる言葉。あなたは可愛いと、そう言って笑う。
「可愛いなんて言われて喜ぶ男はいやせんぜ」
ぶっきらぼうに呟いても、妙はただ優しく微笑むだけ。ずっとそうだった。
「・・・話がそれだけなら車に戻る」
「では、」
「お前は来るな」
動きかけた妙を制し、冷めた視線をぶつける。
「お前の顔は見たくない」
どんな理不尽をぶつけても、妙は困ったように笑って受け入れるだけ。喜怒哀楽はあるものの、決して感情を乱さない妙が腹立たしかった。
「何かございましたらお呼び下さい。どこへだってすぐに参ります」
違う顔が見たかった。なのに、こんなにもどうしようもない気持ちになるのなら、笑っていてくれた方が良かった。後悔しても既に遅く、沖田は無言のまま妙に背を向けた。
きっとまた自分は何事もなかったように妙を呼ぶのだろう。
そして妙は何事もなかったように、「坊っちゃん」と優しく笑うのだ。
2014/12/23