「今日はちょっと」と、柔らかく、だが確実な意思をもって触れていた手を掴まれた。簡単に言やあ嫁さんにセックスを拒否られた。
「なんで」
それを実感するまで少し時間がかかったが、実感できたときには頭が真っ白になってしまった。たかだか夫婦の営みを断られたくらいでショックを受けてる自分が笑える。そして俺は実際に笑っていたらしい。
「銀さん?」
訝しげに俺を見る妙。俺は薄ら笑いを浮かべたまま妙に覆い被さった。
「なあ」
髪を撫でる。できるだけ優しくだ。怖がらせねえように。
「理由は?したくねえ理由教えてくれよ。どんだけくだらねえ理由でもいいから、理由があるからしたくねえんだって俺に思わせて」
セックス拒否るのに理由が欲しいって、めんどくせえ旦那だよな。
「どうしてそんな事を言うの」
不思議そうに妙が俺の目にかかった前髪に触れた。細せえ指。指先には小さな傷がいくつもある。俺に美味いもん食わせたいっつって新八に料理を習ってるらしい。俺のためにできた傷。いいね、最高。
「どうして?理由があんなら嫌がられてねえってことだろ」
指先の傷に唇を寄せる。できれば痕になればいい。そうすればその痕を見るたびに妙は俺のだって実感できるから。でもそれ以上に綺麗に跡形もなく治ればいいと思ってる。
「あんなふうに拒否られたら俺に抱かれんのが嫌なのかって思うじゃん」
結婚してくれたのだって奇跡みてえなもんだ。あんないい加減な言い種で、それがプロポーズのつもりだなんて普通は気付かねえだろ?でも俺にはあれが精一杯で。それに妙は気付いてくれた。
「家族とかよく分かんねえし慣れてねえからさ、ちょっと拒否されただけで何か間違えたのかと思っちまうんだよ」
今俺はどんな顔してんだろうな。情けねえ顔して嫁さんにすがってんのかな。
「分かんねえからさ、冗談だけどお前食えたらいいのにって思うときあるよ」
「銀さん」
「めんどくせえだろ?笑っていいぜ。自分でも笑えるし」
「・・・そんなことで笑いませんよ」
俺の目尻にそっと触れた指先。少しかさついた働き者の手だ。毎日拭きあげてる廊下はぴかぴかで、毎日洗濯されている着物はいい匂いがする。この手が好きだ。この手の先にあるもの全部。
「銀さん」
「なに」
「新ちゃんがもうすぐ帰って来るの」
妙がゆっくりとまばたきををした。綺麗な女だよほんとに。そんなことを思いながらも、ぽとりと耳ん中に落ちてきた言葉に目を瞬いた。
「へ?」
「理由です。今日出かける予定が中止になって、明日に変更したからって連絡があったの。だから新ちゃんがもうすぐ帰って来る」
「・・・それが理由?」
「新ちゃんに見られたら困るから」
頬を赤らめた妙が視線を逸らした。マジか。理由ってそんな普通の当たり前な理由かよ。俺とのセックスが嫌だとかじゃねえのか。やっぱり男として見れねえとか。違うのかよ。
「あー・・・すっげえ恥ずかしいんですけど」
安心したら力が抜けて、天を仰ぐようにぐるりと仰向けになる。
「俺馬鹿みてえじゃん。先走って考え過ぎてお妙に捨てられるじゃねえのとか思っちゃったんですけど」
「ふふ、それは先走りすぎですね」
「あー・・・・そっか。そういうことかー」
優しい笑い声が耳をくすぐる。ああいいよ笑ってくれ。馬鹿でめんどくせえ旦那を笑ってやってくれ。俺も笑いてえな。こういう笑いなら何回あってもいい。
「お妙」
「なあに?」
さっきとは逆に、妙が俺を上から覗きこんだ。俺の好きな笑い顔の俺の嫁さん。
「明日しよっか」
「ええ」
「お妙もしたいだろ」
「それは」
「それは?」
「・・・したいです」
「えーマジでしたいの?お妙がやる気満々で銀さんこわいわー」
「もうっ、銀さんったら」
「ほらほら怒んねえで昼寝しようぜ。それなら新八に見られてもいいだろ?」
俺が横を叩くと、小言を口にしつつも目元を綻ばせた妙がそこに寝転がった。すぐ傍らにある温もり。夫婦とか家族とかよく分かんねえが、こういうのはいいなって思う。嫁さんを抱きたいっつーのは事実だけど、もしも何か事情があって何もできなくなったって、こうやって傍らにいてくれるだけでいい。妙がいればそれでいい。惚れた女と夫婦になれたんだぜ?最高じゃねえか。
「俺のもんになんなくていいから、俺をお前のもんにしてくれ」
2014/03/22