2929アンケ記念! | ナノ



「───姐さん、それ俺の指ですぜ」

何気なく妙の髪に触れていたら、その指先に頬をすり寄せられた。無意識の行為に意味はない。柔らかな肌は吸い付いてくるかのように離れがたかった。
ある女を見て仲良くなりたいと思うのか、それとも抱きたいと思うのか。二つの感情は同質であり異質で、その線引きは曖昧であるのに確実な隔たりがあった。
沖田総悟に憧れる女は多い。決して褒められた性格ではないのに、繊細な見た目と真選組の隊長という意外さが女に興味を抱かせるようだ。沖田はそうやって近寄ってくる女を毎度適当にあしらっている。女が嫌いなのではない。性欲がないわけでもない。ただ興味が沸かないだけだ。生意気な女を見て面白いなとは思っても自分の女にしたいとは思わない。綺麗だと思う女がいても恋人にしたいとまでは心が動かない。それだけのこと。



沖田が近藤を探しに志村家を訪れるのは何度目だろうか。呼び鈴も鳴らさずに門をくぐり抜け、勝手知ったる他人の家とばかりに縁側まで回って来れば、珍しい光景に出くわした。足を止めてソレを観察する。

「何してんですかィ」

訝しげな声を妙に投げかけた。随分と不用心だ。沖田が知っている妙はいつも身なりから動作まで整えられていて、それ以外の姿を見せたことはない。少なくとも沖田は知らない。そんな妙が無防備に縁側で横たわっているのだ。こんな姿は初めて見た。一体どういった心境の変化なのか。倒れたわけじゃあるまいし。
そこまで考えて沖田は土を蹴って駆け出す。そうだ、何かあったのかもしれない。腕っぷしは強いが華奢な女だった。弱さを見せない女だった。
呼吸を整えてから肩にそっと手をかけ覗き込む。すると思いのほか安らかな表情が目に入った。顔色は悪くない。気持ち良さそうな寝息も聞こえてくる。呼吸の乱れも外傷もないことを確認し、沖田はほっと安堵した。
そうなると心配した自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。よく見れば昼寝しているだけと分かるのに、慌てて駆け寄ってしまった自分が馬鹿らしい。
ここに来たのも近藤絡みで、妙に用があるわけではない。近藤の姿がなければここに居る理由はない。このまま去ればいい。しかしなぜか足は進まず、自分でも理由が分からぬまま、穏やかな寝息をたてている妙の隣に腰かけていた。



触れている指が温かい。触れた肌の表面から皮膚の内側へと熱が染み込んでくる。女という生き物自体が温かいのか、妙という女が温かいのか。

「───」

不意に妙が名前を呼んだ。沖田ではない。違う何かの名前だ。その名には覚えがあった。あれは確か妙の働く店に出入りする猫の名前だったろうか。近藤から聞いたような気がする。沖田の指を猫の鼻先と勘違いしているのか、頬を擦り付けてくる妙の顔は驚くほど甘く綻んでいた。

「それ指。俺の。分かってやすか?」

妙の頬を軽く弾くとその爪にそっと手を寄せられた。やわく包むように沖田の指を撫でてくる。あやすような手の動き。固く荒れた手を、まるで宝物のようにそうっと優しく。

「───姐さん、俺ですぜ。猫じゃねえよ。分かってやってんのかよ」

沖田はその手を握り返した。抵抗はない。多分、気付いていない。これが誰かも、これが何かも。それがなぜか悔しくてたまらなかった。理由なんて知らない。

「いい加減起きやせえよ。客が来てるだろ」

相変わらず掴んだままの手を口元に寄せた。ふっくりと柔らかい肉を舌でなぞっていく。手首に歯をたて、皮膚の下の骨を舐める。華奢な手首だ。やろうと思えば噛み砕けそうでぞくりとする。柔らかな肉に自分が痕を残すという行為が人を興奮させるとは知らなかった。まるで性行為のようだ。達するまで退屈なアレとは違い、コレは愉しい。
柔らかな日差しに庭の木々が優しく揺れる。沖田は横たわる妙の身体を囲うように手をつき、無造作に顔を覗き込んだ。相変わらず深い眠りに落ちている妙を視線でなぞり、耳の下の脈打つ皮膚に舌を這わせる。日差しで汗ばんだ肌の匂いが存在を生々しく感じさせた。ここを噛み切ったらどうなるだろうか。そう考えたらまたぞくりとした。頭の中は冷静なのに心臓は煩く跳ねている。
志村妙を好き嫌いで考えたことがなかった。考える必要もなかった。沖田にとっての志村妙はその程度の存在だ。別に妙と仲良くなりたいわけじゃない。前戯のような愛撫を繰り返していても妙を抱きたいわけじゃない。斬りたくもないし恋人にしたいわけでもない。
温かい肉に歯をたてる。熱い舌で肌を濡らしていく。汗が少ししょっぱくて、なのにいい匂いで、余計に興奮して、頭がおかしくなったのかもしれない。
セックスは疑似食だと誰かが言っていた。相手の全てを知りたい、取り込みたい。その感情を満たすために愛撫し身体を繋げお互いを食べ合うのだと。
じゃあやはり自分は違うと沖田は改めて思う。自分は妙と食べ合いたいわけじゃない。自分を差し出すなど、そんな気は更々ない。ただ妙に痕跡を残したいだけなのだ。味わいたいだけ。好かれるとか惚れるとか、そんな些細なことはどうでもいい。



「ごめんなさいね。少しだけ横になるつもりだったのに、すっかり寝入ってしまってて」

盆を持って現れた妙は、申し訳なさそうに微笑んだ。冷たい方が良いと沖田が言ったので大きめの湯飲みには氷が入っている。

「いついらしたの?すぐに起こしてくださっても良かったのに」

待たせたことを気遣う妙に、沖田は肩を竦め「そうですねィ」と軽く返した。愛想がないのはいつものことで、今さら妙に笑みを振りまく必要もない。妙の方も無愛想な沖田の態度には慣れたものだ。

「それで、今日はどんなご用件かしら。近藤さんですか?」
「来てないんでしょ。見りゃ分かりやす。これ飲んだら帰るんで」
「あら、沖田さんもお忙しいのね。最近は近藤さんもあまり来られないんですよ。久しぶりにその隊服を拝見して、なんだか少し懐かしい気持ちになりました」

紡がれる台詞を適当に聞き流しながら、茶を置く妙の手に視線を這わせる。細い指先から華奢な手首まで。

「───それ、どうしやした」

湯飲みを口に運びながら素知らぬ顔で訊ねる。

「手のところ。痕がついてやすぜ」
「痕?・・・ああこれね。気付いたらこうなってて、猫に引っ掻かれたのかしら」

肌についた赤い痕を撫でながら、「ちょっと痛いの」と妙が笑う。

「縁側で寝るのも考えものね。気を付けないとまた引っ掻かれちゃうかも」

ふふっと微笑んだ目には柔らかな光があるだけ。何も後ろめたいことのない人の目。疑いも恐れもない色。

「引っ掻かれても起きねえとは、いい夢を見たんでしょうねィ」
「そうねえ、何かと遊んでいた夢を見てたような気がするわ」
「猫のおもちゃにでもされたんじゃねえですかィ」

え?と顔を上げた妙に、沖田は微かに目元を和らげた。

「今日はおもちゃ、次は味見。最期は餌ですぜ、姐さん」

自分で言ってみて、ああそれだと納得する。今まで分からなかったことに名前がついて、沖田は満足気に湯飲みを傾けた。



無闇にエサを与えないで下さい
2013/10/5

※好きなんだけど素直に認めたくないオトメン心

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