2929アンケ記念! | ナノ



※現代パラレル





「あーやばい。酔った」

居酒屋の座敷で南戸が呻いたと同時に後ろへばたりと倒れた。

「南戸くん、そこだと頭が痛いでしょ。寝るならこっちにおいでよ」

隣に座っていたミニスカートの女の子が笑み混じりに南戸の肩を押す。

「じゃあ膝枕して」
「いいよー」
「おいおい、その女ったらしに膝枕なんかしたら妊娠させられるって」
「なんせ顔面男性器だからな」
「全身男性器だろ」

途端に起こる笑い声。南戸のアダ名でもあるソレは酒の席ではいいネタだ。普段は下ネタに眉をひそめる女の子達も愉しげに笑っている。

「南戸くんってそんな風に呼ばれちゃってるの?」
「酷いだろ。なぐさめて」

弾力のある太ももを撫でながら目を閉じる。女はどこを触っても気持ちがいい。

「南戸!どさくさに紛れてどこ触ってんだよ!ごめんな、その馬鹿殴って落としていいから」
「アハハ、大丈夫だよ。寝てるだけだし。ね、南戸くん」

女の子特有の甘ったるい笑い声が小雨のように降り注ぐ。むき出しの太ももを撫でていても止める気配はない。慣れてるなあ、と南戸は思った。可愛くて柔らかくて、きっと抱かれ慣れている、南戸が好むタイプの女の子。いつもならそろそろ口説き始めてる頃だ。なのにどうしてだろう、頭に浮かぶのは別の顔。

「──さあてと、そろそろ帰ろうかねえ」

ぼんやりとした頭を持ち上げた南戸は、ゆっくりと身体を起こした。少し驚いた顔の女の子に膝枕の礼を告げ、アルコール以外のグラスを手に取る。それに目敏い友人が気付いた。

「もう飲まねえの?」
「ああ、適当に酔いさまして帰る」
「マジか、早いな」
「ねえ南戸くん、本当に帰っちゃうの」

ウーロン茶を飲む南戸の背中を上目遣いの女の子がするりと撫でる。微かに開いた唇。誘われているのだとすぐに気付いた。もちろんセックスのお誘いだ。潤んだ瞳と目が合う。可愛い女の子にお持ち帰りされるのもいいかもしれない。積極的な女の子は分かりやすくて大好きだ。

「その色、似合うね」

艶やかな淡いピンクの唇を指の腹で撫でる。ちらりと過った欲に従うのは容易いのに、出てくるのは乾いた笑いばかりだった。

「今度味見させて」

言外に今日は無理だと匂わせると、すぐに触れていた熱は離れていった。察しのいい子はありがたい。

「なにお前、マジで帰んの?女連れて帰らない南戸なんて南戸らしくねえぞ」
「俺らしくねえってなんだよ。今日は酒入りすぎて勃たねえから帰るだけだろ」
「帰る理由がそれかよ!」
「南戸らしいけどな」

からかいの声に南戸は緩く笑う。普段の行いは自分がよく知っている。盛り上がる雰囲気と明るい笑い声。酔った男たちの軽口を適当に受け流していると、いつのまにか話題は違うものへと変わっていた。さっきの女の子も友人らと楽しく話している。切り替えが早いのは慣れてる証拠。やっぱりこういう女の子はいい。
賑やか雰囲気から少しずつ距離をとり、軽く挨拶して店を出る。
星が瞬く夜空。浮かんだのはやっぱり同じ顔。


◇◇


視界には茶色い何かが広がる。見たことあるなと思って、それが自分の部屋の天井なのだと気付いた。
声を出そうとして喉が詰まる。からからの口の中。気持ち悪い。視線を動かせば買った覚えのないペットボトルのジュースが目にはいった。甘ったるそうなジュースなんて普段は買わないのに、酔った勢いで買ったのだろうか。セックスした次の日、隣にいる女の子を見て誰だっけ?となるあの感じに似てるな、と思いつつ手を伸ばした。



「おはようございます」

一息ついたところで、トントンとドアを鳴らす行儀の良いノック音。耳をふわりと撫でる声。南戸は僅かに目を細め、誰かも確認せずに「入っていいよ」と声をかけた。

「失礼します。・・・あ、それ」

遠慮がちに顔を出した女の子は思った通りの人物だった。南戸を見るなり目を瞬かせ、なぜか言葉を詰まらせる。その理由に思い当たった南戸は、ペットボトルから口を離すと苦笑いを浮かべた。

「ごめん、これ妙ちゃんのか」

もうほとんどない中身を確認し、頭を掻く。

「自分が買ったのかと思って飲んじまったよ」
「すみません、昨日置き忘れてたみたいで。いいですよ、それあげます」
「悪いね。今度代わりに何か礼するよ」
「ふふ、ありがとうございます」

妙の許しを得た南戸はベッドへごろりと横になる。

「ここに置いてあったってことは部屋に入った?昨日妙ちゃんと顔合わせたかねえ」

酔いの抜けない頭で思い出そうと頑張ってみるが、店を出た後からぼんやりとしている。

「うーん、多分南戸さんをここまで送ってきた時に一緒に持ってきたのかも。今飲んでるのを見るまで忘れてましたけど」
「送ったって俺を?」
「肩かしてって頼んできたの、南戸さんですよ」

妙は口元に手をあててクスクスと笑う。

「昨日の、もう今日だったかな。南戸さん酔っ払って帰って来て、玄関から呼んだじゃないですか。妙ちゃーん肩かしてー動けねーって」
「あー・・・そこはなんとなく覚えてるような」

辿り着いた我が家に安堵して、玄関で靴も脱がずに横になった記憶がうっすらとあった。
妙にはすっかり迷惑をかけたようだが、妙で良かったと南戸は思う。他の住人に見つかっていたら玄関から蹴り出されていただろう。まあ、いつものことなのだが。

「南戸さん変わらないですね。私がここに越してきた日にも言われましたから。酔って歩けねえから部屋に運んでーって」

妙は小首を傾げて懐かしそうに笑う。まとめてある黒髪がさらりと揺れた。
妙には両親がいない。家族は二つ下の弟だけで、その弟は剣道の特待生として県外の高校に通っていた。
一年前、弟が寮に入るため家を出ることが決まり、妙は一人暮らしすることになった。妙の家は少々交通の便が悪い場所にあり、防犯の意味でも女子高生が一人暮らしするには何かと心配だ。それならと、後見人でもある親戚が管理しているこの家で暮らすこととなったのだ。
ここは親戚の家の隣にある大きめの一軒家で、昔はどこかの会社の寮として使われていた。今は親戚が管理し部屋を貸し出している。妙が入居した時には既に住人がいて、その一人が南戸だった。

「妙ちゃんがここに越してきて一年経つのか。懐かしいねえ」
「あっという間ですね。昨日のことみたい。毎日慌ただしくて、でもみんな優しくて。南戸さんには近付くなって何回も言われましたよ」
「俺も言われたな。存在自体が卑猥だから顔を見せるなとかさ、ひでえ奴らだよ。女子高生に手を出すとでも思わってるのかね」

思わず苦笑いが浮かぶ。女好きでセックスも好きだが未成年に手を出したことはない。現に南戸は妙に対してそういった態度を見せたことはなかった。いくら女にだらしないとはいえ、そこまで節操なしではない。

「そういえば最近外泊しないですね。あれだけ酔ってる時はいつも泊まってきてましたけど」
「泊まるとしなきゃいけないことができねえからね」
「え?」
「昨日も可愛い女の子に誘われたってえのに、なーんか勃たねえのよ」

独特の軽さがある南戸の話し方はいやらしさを感じさせない。

「女の子と一夜を共にして何もなしってのもマナー違反だし、結局断っちまったけど、もったいねえことしたな」
「そうなんですか」

さらりと通り過ぎていく言葉達に、妙もなんとなく普通に返してしまう。

「最近ヤってねえからたまってんだけどねえ。うっかり妙ちゃんに手を出しちまうかもな」
「南戸さんはそんなことしないですよ」
「あらら、俺って信用されてるねえ」
「信用してますよ。南戸さんの噂は色々知ってますけど、私にとっては優しいお兄さんですから」

一瞬呆けたような顔を見せた南戸は、すぐに表情を崩しゆるりと笑った。

「そうだな、妙ちゃんは妹みてえなもんだしな」

女は可愛い。大好きだ。でも恋はよく分からない。肌も重ねない関係なんて、どうすればいいのだろうか。

「本当に妹なら良かったのにねえ」

笑い混じりの穏やか声は、さらりと流れて消えた。



「自ら逃げ出すその日まで、恋に終わりはないのです。」
2013/08/28

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