2929アンケ記念! | ナノ



「クソ暑いな」

思わず漏れた愚痴すら暑く感じて銀時はうんざりする。拭っても浮き出てくる汗にも、肌に張り付く服にもうんざりだ。
世の中夏真っ盛りで、次第に薄着へとなっていく女たち。太ももどころか尻まで見えそうな丈のスカートに、肌色見えすぎなんじゃねえのと銀時すら呆れてしまう生地の少ない着物。目の保養になるどころか、既に見飽きて腹一杯だ。
とにかく冷たくて甘いものが欲しい。ついでに涼める場所で休みたい。そんな銀時の願いを叶えてくれるのが馴染みの茶屋。万年金欠の財布に優しい品揃えと、人のいい店主が銀時のお気に入りだった。
道すがら、だるそうに歩く銀時の視界に見慣れた女が映った。透明感のある青色の生地に白いぼかし模様が散らばった、どこか水辺の花を思わせるような着物姿。不思議なことに肌を露出した女たちよりも、きっちりと着こなしたこの女の方が涼しげに見えた。
目当ての茶屋は目と鼻の先、いちいち女に声をかける気力も話題もない。ついでに向こうは銀時に気付いていない。ならばこのままやり過ごそうと視線を動かしかけたとき、目の端に在った女がゆらりと揺れた。思わず視線を戻すと、いつもなら真っ直ぐ伸びている首が弛んでいて、そしてまたゆらりと揺れる。
一瞬だった。
土を蹴って駆け出した銀時は目一杯両手を伸ばす。
崩れ落ちる女の身体を滑り込むように受け止めて、その儚さに目を瞬いた。



ふわふわとした場所を妙は歩いていた。
真綿の上を歩くような浮遊感。
怖いというよりも、心許ないという方が正しいのかもしれない。
一人で歩いていくことに慣れたはずなのに、上手く歩けないことが悔しくて。
そして何より心細かった。

「────」

目を開けると暗闇で、でもひんやりと冷たくて気持ちが良い。
夢を見ていたのだろうか。それにしては布団に入っている感覚がない。枕の感触もいつもと違う。

「わたしのまくら・・・」
「お前の枕じゃねーよ」

妙の独り言に返事がある。頭がぼんやりとして、おまけに周りの景色がよく分からない。しかしこの声の持ち主なら顔を見なくとも理解できた。

「・・・ぎんさん?」
「そー、銀さん」

シャリシャリと音がして、頬に冷たい何かが当たる。

「かき氷って食いにくいけど美味いよな」

氷の粒がまた落ちた。肌の上ですぐに溶けてしまう。

「お前倒れたんだよ。貧血か熱射病か知んねえけど、ふらふらーってな。で、近くの茶屋まで運んで休ませてもらってるとこ。あーそれとお前がさっきから触ってんの俺の脚だから。お前の枕じゃねーからな」
「・・・え?」

妙の動きが止まる。霞んでいた視界が晴れる。きらきらと光る硝子の器越しに、見慣れた男の顔が見えた。
硬い何かに触れる。これが枕ではなく銀時の脚ならば、妙は銀時に膝枕されていることになる。

「あのっすみません、わたし、」
「いいから寝てろって」

起こしかけた頭をぐっと押される。その時の感触で、自分の額に濡れた手拭いが置かれていることに気付いた。

「青白い顔してどこ行くつもりだよ。店には言ってあるから、もう少し横になってろ。ガキが気いつかわなくていいんだよ。たまにはおとなしく甘えとけ」

淡々と喋る銀時はいつも通りだ。ここまで言われたら妙は何も言えない。

「ありがとうございます」

素直を礼を言い、躊躇いつつも身体の力を抜く。

「あの・・・もう少しだけお世話になります」
「はいはい」

氷が削れる音がする。銀時がかき氷を食べている。身体に痛みはなかった。倦怠感はあれど怪我はないようだ。ということは、倒れた妙を受け止めてくれた人がいる。それも銀時なのだろうか。

「お前さあ、もう少しメシ食えよ。あんま食ってねえだろ」
「・・・気を付けます」
「夏バテ?」
「はい。・・・多分」
「まあ、分かるけど」

暑いしな。という呟きと共に、しゃりしゃりとした音が少しずつ小さくなっていく。溶けたかき氷は冷たい甘水だ。

「口あけて」

唇に冷たい何かが当てられた。妙は銀時の言葉に素直に従う。少し笑った気配があって、次に冷たい液体が氷の粒と共に舌の上を伝った。

「メシ食えなくても氷ならいけるだろ」

こくりと飲み込んだ甘い水が喉から胃へと落ちていく。冷たくて気持ちが良い。

「いちご味」
「そ、一番うまい」
「おいしい」
「だよな」
「私はブルーハワイも好きです」
「これだから若い女は。横文字信仰しやがって」

カチンと高い音がして、また唇に冷たい感触が当てられた。同じように流し込まれるいちご味。優しくて、懐かしい。幼い頃、まだ父が生きていた頃を思い出す。

「夢をみてました。ふわふわしてるところを歩く夢」
「実際ふわふわして歩いてたからな、お前」
「そうでしたね」

妙がふっと微笑む。一人で買い物に出たまでは良かったが、この暑さに参ってしまったらしい。少し休もうと探していた時に茶屋を見つけ、そこで気が緩んでしまったのかもしれない。

「ふわふわしていて、歩きにくいんです。心細いのに一人で歩くのを止めなくて。寂しいくせに助けも呼べなくて」

自分は強いと思っていた。だから一人で歩いて行けるのだと自惚れていた。

「大丈夫だって思ってたけど、でも違いました。夢でも現実でも、一人で歩けてなんかいなかった」

あれは現実の感覚が夢となって表れただけなのだろうか。もしかしたら、隠していた心情が表に出てきたのかもしれない。時々でいいから、誰かに手を差し伸べてもらいたいのだと。

「ありがとう、銀さん」

私に気付いてくれて。




「───お前さあ、よくこの状況で寝てられるよな。お前は気付いてねえだろうけど周り結構人居るからね。公衆の面前で膝枕して、どこぞのバカップルみてえな目で見られてるからね。つーかこれアイツ等に見つかったら面倒なことになんだけど」

穏やかな寝息をたてる妙に銀時のぼやきは届かない。

「毎回毎回、やれお妙さんと付き合ってんのか、やれお妙さんとできてんのかって言われてさ、ホントめんどくせえんだよ」

溶けてしまったかき氷をスプーンでぐるぐるかき混ぜる。氷の粒もほとんどなくなり、器の中には薄い赤色の水溜まりが出来上がっていた。

「いちいち否定すんのも手間かかるし、つーか何言っても無駄だし」

こんなことを口走るのは、夏のせいか女のせいか。

「もう俺らできてるってことにしていい?」

無茶な提案だ。暑さで頭がおかしくなったのかもしれない。でも誰でもいいわけではない。それにはちゃんと気付いている。
銀時は軽く鼻で笑うと、溶けたかき氷を一気に飲み干した。こめかみが痛むほどの冷たさはもうないが、ごちゃごちゃになった頭の中をすっきりさせるには充分だ。

「すいませーん、追加注文いいっすかー」

銀時は空になった器を手に店主を呼ぶ。

「かき氷ひとつね・・・いや、いちごはさっき食ったからいいや。今度は、あーそうだな、そこの青いの。こいつの着物と同じ色のやつ」



成長途中の恋愛細胞
2013/07/07

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