2929アンケ記念! | ナノ



※女の子同士です








放課後の売店前。下校時刻はとっくに過ぎていて、売店にはすでにシャッターが降りている。ピカピカと光っているのは横にある自動販売機だ。
猿飛あやめは一番上にある紅茶のボタンを押す。

「志村さんは同性ってどう思う?」

あやめの斜め後ろに立つ志村妙は「え?」と顔を向ける。
ガコン、と派手な音をたて落ちてきた紙パック。あやめは妙を見ないままジュースを取り出し「どうぞ」と場所を譲った。

「同性がなに?」

言いながら妙は小銭を投入口へ落としていく。

「そうね。例えば同性同士のキスとか。あなたどう思う?」
「どうって、」

それがどうしたの?と不可思議に思う。あやめの真意がよく分からず無言のまま真ん中にあるカフェオレのボタンを押した。

「ただのキスよ。軽く考えてみてよ」

大きな音が鳴る。落ちてきた紙パックを取り出して、冷たいそれにストローをさした。
ここには他に誰もいない。二人きりだ。自動販売機の明かりがやけに眩しい。
妙はあやめの隣に立ち、同じように壁に背中をもたれさせた。

「軽くも何も、そんなことわざわざ考えたことがないから分からないわよ」
「ふうん」
「いきなりどうしたの」
「聞きたい?」
「別にいい」
「聞かせてあげる」
「言いたいんでしょ。聞いてあげる」

妙はふふっと笑って、ストローに口をつけた。

「私が前に話した銀さんって人、あなた覚えてる?」
「えっと・・・猿飛さんがカッコいいって騒いでた人だっけ?なんか怪しい仕事してるって」
「そうそう。その銀さん」

あやめが笑顔で頷いた。
銀さんという人物について、妙はよく知らない。隣町で探偵だか何でも屋だかの怪しい仕事をしていて、同じく隣町でバイトをしているあやめとは仕事の延長上で出会ったらしい。あやめ曰く理想のタイプだそうだ。
「らしい」や「そうだ」が多いのは、妙はあやめからの情報でしか銀さんを知らないからだ。

「あ、もしかしてその銀さんがしてたの?」
「え?」
「さっき言ってたじゃない。同性同士のキスとか」
「ちがうちがう。別にそうだったとしても構わないけど、違うわよ」

あやめはくすくすと笑いながら手を振る。

「そうじゃなくて、依頼があったらしいの」
「依頼?」
「そ。同性同士がキスしてるところをスケッチしたいっていう依頼」
「なにそれ」
「ねえ?なにそれって私も思ったわ」

あやめの話をまとめると、依頼をしてきた人は芸術家の卵で、次の作品のモチーフとして選んだのがそういうモノだったそうだ。依頼内容はぶっ飛んでいるが、至って真面目な依頼だったらしい。

「報酬がいいから受けたいらしいんだけど、条件がちょっと厳しいのよねえ」
「条件って見た目?」
「見た目というか、モデル慣れしてなくて初々しい感じの人がいいんですって」
「初々しい同性のキスか・・・なんだか難しそうね」
「だから依頼してきたんでしょうけどね」
「もしも見つからなかったら断るの?それともその・・・銀さんが代わりに誰かとキスするの?」
「それは絶対無理って言ってた」
「じゃあ良かったじゃない」
「なにが?」

あやめが不思議そうに妙を見る。それが妙には不思議だった。

「だって、好きな人が他の人とキスするのって嫌でしょう?」

あやめは銀さんとやらが好きなのだ。だから、そういう依頼がきて不安を抱いていると思っていたのだが、どうも違うらしい。

「別に嫌なわけじゃないのよ。仕事だからね」

確かに好意はあるが恋人ではない。例えそうであったとしても仕事に口出したりする気はない。愚痴っているわけでもない。

「銀さんがどんな依頼を受けようが私に関係ないしね」
「じゃあ、どうしてそんな話を私にしたの」

冷たいカフェオレを少しずつ喉に流していく。辺りはもう暗い。
あやめがさらりと流れた髪を耳にかけた。

「同性って男同士だけかしら」
「違うわね」

甘ったるい液体が胃のなかに流れ込んでいく。

「銀さんが男とキスなんかできないって言うから、私ちょっと笑っちゃったの。そしたら銀さんがね、"お前は女とキスできるのか"って」

ストローの音が変わった。もう中身は空だ。

「そう訊かれて、猿飛さんはなんて答えたの?」

空っぽの紙パックを少しずつ潰していく。中身が零れ出さないようにゆっくりと、丁寧に。

「"したい相手ならいる"って答えたわ」

あやめは目を細めるように笑って、飲み終えていた紅茶のパックをゴミ箱に投げ捨てた。弧を描き、ゆっくりとゴミ箱へ吸い込まれていく。

「その相手を連れて来いって言われたの。依頼料半分やるからって」
「ふうん」

大して興味がなさそうに相槌をうった妙は小さく畳んだ紙パックを捨てにゴミ箱の前まで行く。あやめと同じように投げても良かったが、あんなに上手く投げられる気がしなくて諦めた。

「女友達が同性とキスしたいって言ってるのに平気そうね」
「うん、そうね。平気よ」
「相手が誰かも気にならない?」
「気にならないわよ」

笑い混じりの声。妙が振り返り、柔らかく微笑む。

「だって猿飛さんがキスしたいのは私でしょう?」




落ちていく太陽。少し冷たい風。ピカピカと光る販売機の機械音。遠くから聞こえていた部活に勤しむ生徒の声、音。
二人の他には誰もいなくて、触れ合った前髪も、重なった唇の温度も、撫であった舌の味も二人しか知らない。

「・・・やっぱり眼鏡って邪魔ね」
「外さないわよ。眼鏡がないと見えないもの。そんなことより紅茶とカフェオレは合わないでしょ。せめてブラックにしてちょうだい」
「猿飛さんがミルクティーにすればいいでしょ」

目にかかっていた前髪を払いながら時間を確認して、妙はあやめを覗きこむように首を傾げる。

「それで、私を連れて行くの?」

先程の依頼のことだ。あやめに相手を連れて来いと言っていたのなら、その相手は妙となるはず。

「連れて行かない。だって私たち初々しくないじゃない」

あやめが妙の耳元で囁いた台詞に二人は数秒顔を見合わせたあと、内緒話をするように顔を寄せ合って笑った。



虹は七色だと誰が決めた?
(この気持ちが恋じゃないとどうして言い切れる?)
2013/05/16

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