2929アンケ記念! | ナノ



※お妙さん以外の女性との絡み描写あります







「良い匂いだ」

南戸は女を抱き寄せた。
様々な花の蜜だけを集めたような匂い。
耳の後ろ、鼻の先がちょうど埋まる骨の窪みに顔を寄せ、擦り付ける。

「流行りの香よ」

女は息を吐くように笑った。
鎖骨にかかった温い吐息で皮膚がほんのりと湿る。熱くなる。興奮する。抱きたくなる。

「可愛いな」

唸る熱を吐き出すだけならば自慰行為でも構わないのだが、やはり女と一緒に気持ち良くなりたいと南戸は思う。
そして女の中で果てたい。
果てたあと、女の汗ばんだ肌に頬を寄せて感じる、あの波間に浮かぶような狭間が好きだった。
南戸はさりげなく女の腰に手をまわし、柔らかな尻を撫る。

「もう抱くよ」

ゆっくりと女の帯を解いていく。滑り込む指先。震えた肌を舌で慰めた。







南戸が妙を見かけたのは、最近懇意になった女との逢瀬の帰りだった。
茶屋の軒先に置いてある長椅子に、並んで座る二人の男女。なんとなく見やった先に知った顔があった。

(・・・あの嬢ちゃんか)

南戸はその光景に目を瞬いた。器量良しだが色恋の匂いがしない少女だと思っていたので、眼前の光景に少々驚いてしまったのだ。
隣に座る男との様子を見るに、十中八九口説かれているようだ。それも大層熱心な様子で、男がのぼせ上がっているのがよく分かる。
少女の職業は知っていた。あの男は多分、少女の上客なのであろう。
しかし、こういう夜の仕事特有のやり取りを見ても、やはり少女の印象は変わらなかった。
はっきりいってしまえば、男と付き合ったことがないのだろうと思う。経験もなさそうだ。

(ここで邪魔するのは野暮ってもんかね)

知り合いにも程遠い関係。
繋がりといえば南戸が仕える柳生家の次期跡取りである九兵衛だろうか。しかしそれも遠い。言葉を交わしたこともほとんどない。あって挨拶程度だ。そんな男に声をかけられたって戸惑うに決まっている。ましてや色事の真っ最中。見て見ぬふりが礼儀というものだと南戸は目を逸らした。







「助かりました」

妙がほっとした笑顔を浮かべ、隣に座る南戸に頭を下げた。
元来女に甘い南戸のこと。困ったように笑う妙を見過ごすことができず、どうにもこうにも気になってしまい、結局舞い戻ってしまったのだ。
妙を口説いていた男は南戸を知っているらしく、「ごめんね、また店に行くよ」と言い残し、慌てて去ってしまった。こうやって顔を知られているというのは、腐っても柳生四天王の一人というところか。たまには便利だ。

「あの方、お店の常連さんなんです」
「そんな感じだな」
「良い人なんですけど、少し強引なところがあって。今日も、お茶のお誘いは受けたのですが、その、」

そこで妙は少し言い淀む。
ああ、と南戸が頷いた。

「熱心に口説かれすぎて、宿にでも誘われたかい」

あけすけな物言いに、妙は首を傾げ、困ったように微笑んだ。

「ああいう男は多いだろ」
「そうですね。でも、うちのお客さんは楽しく騒いで呑みたい方が多いですから」
「そうねえ」

南戸は曖昧に返す。
思い浮かんだのはあの結婚騒動だ。
一癖も二癖もある連中ばかりが、妙を取り戻すために柳生家へ乗り込んできた。
南戸自身、それはあまり思い返したくない出来事なのだが、やはり強烈な印象は残っている。

「あの人らが嬢ちゃんの客なら騒がしい以外にねえしな」

運ばれてきた茶をがぶりと飲んで南戸は肩を竦めた。あの連中が殊勝な態度で妙を口説いているところなど想像し難い。
妙はふわりと笑い、手の内にある湯飲みに視線を落とした。口元の笑みはそのままで、睫毛だけが揺れている。

「色事のやり取りが苦手なんです」

南戸は視線を横に流す。少女の華奢な輪廓が目に入った。

「お酒の席だと扱い方も分かるし、上手くお相手もできるんです。私はそういう仕事ですしね」
「そうだな」
「あの方、本当に良い方なんですよ。少々強引だと言いましたが、決して無理強いはなさいません。今日のことだって本気でどうこうではないでしょう。でも、今はお酒の席ではありませんし、その、」

妙の視線がゆらゆらと揺れる。

「あの・・・自分がそういう目で見られていることに、上手く対応できなくて・・・」
「嬢ちゃんを抱きたい男が現実にいることに驚いたってことか」

妙はバッと勢いよく顔を向け、南戸を凝視した。何かを言いたげに唇が動くが声にはならず、みるみると頬に赤みが差していく。どうやら図星のようだ。
南戸が湯呑を置くと、妙は目を逸らし俯いた。
その横顔を、顎に手を添えながら視線でなぞる。綺麗な顔貌。どこもかしこも艶のある瑞々しさだ。

(若いねえ)

頬から耳へ、そして首筋へと視線を滑らし唸る。
南戸としては、あの客の気持ちがよく分かるのだ。その気のない南戸さえこうなのだから、惚れているのだとしたらたまったもんじゃないだろう。生殺しにも程がある。
真面目そうな男だった。我慢できずに口説きまくったものの、今頃は冷静になって後悔しているはずだ。
南戸は僅かに目を伏せる。

「俺はわりとすぐにやっちゃうよ」

多分言葉の意味は伝わっているのだろう。妙の手が微かに震えたのが見えた。

「誰でもいいってわけじゃねえが、女は可愛いから好きでね。だから抱きたくなって、ついつい口説いちまう」

女は可愛いから好き。その理由が全て。それのどこが悪いのだかろうか。女を抱く理由はそれで充分だ。たとえ不本意な渾名をつけられようとも仕方ない。

「あの客も嬢ちゃんが可愛くてたまらなかったんだろうよ。女を見境なく口説くような男には見えなかったしな」

南戸は口の端を少し持ち上げるように笑った。
女は可愛いから、女を抱きたいと思う。
じゃあ、可愛い女とはどういう女だろう。
見た目や仕草、声や匂いや話し方。瞳の色に唇の色。
可愛いと思うところは女によって違うし、可愛いところのない女はいない。
だから色んな女を抱きたくなって、結局は色んな女を抱いてしまう。
そう、隣に座る女だって例外ではない。

「こんな上玉、いつもなら見逃さねえんだけどねえ」

顎に添えていた手が妙の頭へと伸びた。妙が身体を固くしたのを無視して、頭に手のひらをのせる。

「でもな、嬢ちゃんは若のお友達で元婚約者だろ。俺にはなかなか手が出しにくいのよ」
「南戸さん」

本当に残念だ、と南戸は苦笑する。

「まあ、それでもやるときはやっちゃうけどな」

苦い顔のままさらっと言い放ち、ぽんぽんと妙の頭を撫でた。

「・・・結局そうなるんですか?」

妙は気の抜けたような声で問いかけた。
続けて、ふっと笑う。
先ほどあった出来事を全肯定するような宣言に、怒りや呆れよりも可笑しさが込み上げてきたのだ。頬が自然と緩んでいく。

「男はそういうもんよ。惚れた女相手なら尚更だ」
「でも南戸さんは私に惚れてないですよ」
「あーでも嬢ちゃんは可愛いしな」
「可愛い?」
「可愛いと抱きたくなるって言ったろ。あとはそうだな、いい匂いがするからかねえ」

ふふ、と思わず妙が吹き出す。

「下手な口実ですね」

南戸が語る色話はさらっと軽い。風にのって運ばれる花の香りを感じた瞬間、名残惜しむ暇もなく消えてしまうような。そんな、ほんの少しだけ艶やかな甘さを隠した軽さ。
どこか作り話のような現実味のない話。
だからこそ、妙は抵抗なく南戸の声に耳を傾けることができたのだ。

「───なあ嬢ちゃん。こういうのが抱くための口実なんだよ」

しかし、作り話が現実だったとしたらどうだろうか。
感じていた軽さも、心の端に踏み込むための手段だとしたら。

「素直な女は可愛いが、男を簡単に信じちゃいけねえなあ」

低くなった声。大きな手が妙の頭を伝い落ちる。撫でるような仕草に妙は息を飲んだ。

「気を付けねえと、悪い男に喰われちまうぞ」

南戸が目を細める。うなじを指先で軽く引っ掻き、震えた肌を手のひらであやした。



「根も葉もないけど花は咲く」
2012/7/10


※雨オレは南+妙を全力で応援してます

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