2929アンケ記念! | ナノ



※日記にある「傘」の続きです。これだけでも読めます




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「───志村。こっち」

身体は扉の向こう側。銀八は顔を出して手招きする。ついでにざっと辺りを見渡し、人気がないことを確認してもう一度妙を見た。

「こっち。入って」

ドアを開けたまま室内に戻ると、少し遅れて足音がした。そして、ゆっくりとドアの閉まる音が続く。

「失礼します」
「おー。わざわざ悪いな」

入ってきた妙に背を向けたまま声をかける。窓際に置いてある机の引きだしを漁り、プリントの束を手に取ると振り返った。

「志村、これ。一人一枚ずつ配っといて」
「はい」

妙は手渡されたプリントに目を落とし、ふっと表情を和らげた。

「ここ、漢字が間違ってますよ」
「あー、あいつら馬鹿だから気付かねえって」
「私が気付いたから、きっと気付きますよ」
「いやいや、あいつらの馬鹿さ加減を舐めんなって。スゴいからね」
「そうですか?」

銀八の軽口に、妙は口元に手をあてくすくす笑う。

「そーそー。志村くらい賢いと楽だけどねー。・・・まあ、志村さんもたまに馬鹿になるけど」

そう言って、銀八は片眉を上げる。

「先生には私が馬鹿になるように見えるんですね」
「そうじゃなきゃ説明できねーことあんじゃん。例えば俺たちの関係とか」

銀八の言葉が終わったのと同時に、妙の顔からするりと笑みが消えた。
廊下の向こうから足音が聞こえ、遠いそれは少しずつ近づいてくる。その間、銀八も妙も言葉を発しなかった。身動きすらとらず、お互いの視線を受け取る。
足音が遥か彼方まで遠ざかったとき、銀八はゆっくりと妙に近付いた。しかし妙はその分だけ後退さる。警戒されているのがありありと分かり、銀八は思わず苦い笑いを漏らした。

「俺さ、彼氏だよね?」
「・・・ここをどこだと思ってるの」

声を潜めているが、充分怒りが伝わってきた。そりゃそうだ。卒業するまで誰にも話さない、悟られないことが付き合う条件だったから。室内に二人きりだとはいえ、学校でこんな話題は避けて当然だろう。

「こんなところで二人きりになるだけでも気になるのに」
「誰も訪ねて来ねえよ」
「ええ、知ってます」
「ちょっとショックなんですけど」
「茶化さないで下さい」
「怒るなって。とりあえず座ったら?」

クッションがへたりきったソファーを指差し誘うが、妙は全く動こうとしない。
少しくらい流されてくれてもいいじゃないかと心の中で愚痴ってみても、惚れた弱みで結局なにも言えなかった。
しかし久しぶりに二人きりになれたことに気を良くしていた銀八は、思いきって願望を口に出してみた。学校には不似合いで、妙が確実に嫌であろう願望だ。

「志村」
「なんですか」
「ここでキスしていい?」

そう言った瞬間、妙の眉が跳ね上がった。若干キレ気味に銀八を見る。いや、睨む。

「・・・戻ります」
「キスしてからな」
「しませんよ」
「したくない?」
「したくない」
「するから」
「お断りします」
「あーだめかー」

冷たい視線を受けながら、妙に拒否されたソファーに座る。

「一回だけ」
「無理」
「だよねー」

わざと冗談めかしたのが良かったのか、先程より妙の雰囲気が和らいだのが分かった。固かった表情に少しずつ笑みが灯る。ああやっぱり笑った方がいい。
いつもの空気が戻り、二人もいつもの関係に戻っていた。

「じゃあ戻ります。これを配っておけばいいんですよね」
「おー頼むわ」
「分かりました」

妙に軽く手を振って、置いてあった飲みかけのいちご牛乳に手を伸ばた。
「キスしてーなー」と未練たらたらに呟くも、妙は特に反応もないままドアの方へと向かう。
銀八はストローをくわえながら窓の外を見やった。
先生と生徒。これは正常な関係。じゃあ、今の二人の関係は?
彼女はどう思っているのだろうか。本当は、もう止めたいのではないだろうか。
だからといって銀八から止めてやる気はさらさらないけれど。
がり、とストローを噛んで口を離す。そろそろ次の授業の準備でもするかーと欠伸をしていると、自分に近寄る気配に気が付いた。
反応が遅れた銀八の視界に綺麗な上履きが映り込む。
顔を上げれば凄い勢いでいちご牛乳を奪われて。
あーこぼれる、って思ったらキスされていた。
それは数秒の出来事。
唇を合わせるだけの拙いキス。

「ちゃんと彼氏ですよ」

それが、妙に向けた質問への返事だ、と気付いたのはずっと後のことで。
放心状態の銀八は「失礼しました」と出て行く妙の後ろ姿を無言で見送った。
静かになった室内。
ソファーの背もたれに頭をあずけ、薄汚れた天井をゆっくりと仰ぐ。

「・・・やられた」

馬鹿みたいに早くなった鼓動が可笑しくてたまらなかった。




「あーもう畜生、大好きだ。」
2012/01/29

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