※お妙さん以外の女性との絡み描写あります。
別に騙しているつもりはない。
でも結果としてそうなってしまうのなら仕方ないと思っている。
「相変わらず巧いですね」
感心するように呟けば、長い髪の隙間から見える瞳が俺を映した。
連絡があったのは真昼間。理由はもちろん、男女のソレ。恋人ではない。愛情は介在しない。ただ身体を重ねる相手。
「そんなに飢えてるキャラでしたっけ。彼氏に抱かれ足りないんですか?」
手持ちぶさたなので長い髪に指を差しこむと、女は咥えていたモノを口から離し、「気持ちいいくせに」と微笑んだ。
確かに、片手で緩く握られてるソレがそんな反応していて気持ち良くないとは嘘吐けない。
「所詮俺も男ですから」
そう言って肩を竦めた。
この人とのセックスは楽。
勝手に動いてくれるから。
貞操観念とか拘らないし、特にS気質などないので女性優位でも全く構わない。疲れてるときなんてありがたいくらいだ。
どうやって知り合ったのか覚えていない。名前は知っているが本名かどうかは分からない。興味もない。それはお互い様。
目を閉じれば暗闇だった。
どこまでもどこまでも深い闇の中、その一ヶ所に色が灯り残像を映し出す。
薄い桃色の着物。
よく手入れされた肌。
結い上げた髪の後れ毛が這う白いうなじ。
細められた濃い茶の瞳。
手の届かないひと。
ドクリ、と血が沸いた。
下半身にあった気配と体温が消える。
ぐだぐだと巡る思考は、腹の上を跨ぐ女の感触に侵されていった。
間近で嗅ぐ香水の匂い。
降りてくる肉付きのよいくびれた腰を掴む。
性器を締め付ける濡れた熱を感じながら、白色の波を追った。
別に騙しているつもりはない。
でも結果としてそうなってしまうのなら仕方ないと思っている。
「山崎さん」
本当はもっと前から気付いていたけれど、自分の名前を呼ばれてからそこを見やれば笑顔があった。
「山崎さん。やっぱり山崎さんでしたね」
穢れのない瞳がくるりと廻る。きらきらきらきら、眩しくて吐きそうだ。
「こんにちは、姐さん」
口元に笑みを浮かばせて、当たり障りのない挨拶を返す。彼女の知っている「山崎さん」は彼女に生気のない視線を向けたりしない。
「姐さんがお一人だなんて珍しいですね」
「そうかしら。ああでも、山崎さんにお会いしたときはいつも誰かしらと居たかもしれませんね」
「うちの局長とか」
「ええ、そうね」
笑みを零す彼女は相も変わらず綺麗だった。
顔の造りが美しいという意味だけではない。
汚れていないのだ。
先ほどまで女と交わっていた俺とは違う。
「山崎さんは今から屯所に?」
「うちの恐い上司に呼ばれちゃいまして」
「ふふ、それは気が進まないわね」
「全く進みませんよ。このまま姐さんとお茶にでも行けたらなあ」
「デートのお誘いは嬉しいですけど、そうなると私が副長さんに怒られてしまうわ」
彼女が笑えば俺も笑う。
なんて健全で微笑ましい光景だろうか。
「デートするお相手ならたくさんいらっしゃるんじゃないですか?」
「え、俺にですか?まさか、いませんよ。女のひとなんて、まともに喋ることもほとんどないですし」
「まあ、そうなの」
「基本的に男所帯ですからね。毎日男ばっかに囲まれて過ごしてます」
ぺらぺらと流れでた嘘に内心苦笑いを浮かべる。
偽るのは得意だ。
そういう仕事であるし、それに長けているからこそ続けていられるのだから。
「俺なんかの相手をしてくれる女性は姐さんくらいですよ」
「そうかしら?そんなことないでしょうに」
「本当ですって」
どう思うのだろうか。
つい先刻まで恋人でもない女を抱いていたのだと知ったら。
この手が女の中をまさぐっていたのだと知ったら。
そういう気配のしないひとだから、余計にそそられてしまう。
「それに今は仕事が俺の恋人ですから。当分は独り身で過ごす予定です」
「お仕事を頑張ってらっしゃるのは良いことだわ」
「これしか取り柄がないですから」
仕事が好きなのは真実で。
女が欲しいわけじゃない。
でも性欲が溜まれば吐き出したい。
だからセックスをする。
恋人をつくるつもりはないから、そういう相手と。
愛や恋なんて、精液を吐き出すために必要なモノじゃないから。
でも彼女はそうじゃない。
真面目で清い彼女は愛や恋のない関係など求めていないのだ。
体だけの関係などありえない。
一夜限りの相手になどなるはずもない。
だから俺は考える。
どうすればあの着物を剥がせるのだろうか。
どうすれば掠れた声で啼いてくれるのだろうか。
どうすればその澄んだ瞳を欲で濁らせ、求めてくれるのだろうか。
どうすれば俺に恋をしてくれるのだろうか。
「ねえ、姐さん。美味しいもの、食べたい?」
「美味しいもの?」
「そう、美味しいもの。姐さんに食べてもらいたいので今度お家に伺いますね」
「本当に?嬉しいわ」
「あ、皆さんには秘密ですよ。姐さんだけ、特別ですから」
「分かりました。・・・でも、私でいいのかしら」
「もちろん。いつも局長がお世話になってますし。それに・・」
「え?」
「俺も美味しいものをいただくつもりですから」
彼女が「山崎さん」を信用しているのにつけ込んで、誠実さの仮面を被ったまま、少しずつ近付いていく。
性的な匂いのない男を警戒しないのは彼女の悪い癖。
自分が性欲の対象になっているなんて思っていない。
だからきっと、気付かないのだ。
俺に食べられてしまうその時まで。
別に騙しているつもりはない。
でも結果としてそうなってしまうのなら仕方ないと思っている。
「菫の花の蜜を注(さ)したら君は恋してくれるだろうか?」
2011.07.12