2929アンケ記念! | ナノ



※文に置いてます、沖田くんと志村さんシリーズと同じ世界観です。










うだるような暑さならまだ耐えられた。しかしこんなじめじめとした、まとわりつくような暑さには耐えられない。このままだと腐って溶ける。

「夏、消えてくんねぇかな」

沖田が無表情で毒づいた。
暑さは嫌いではない。太陽がいつもよりも長く居座る空と、のぼせてしまったかのようにどことなく浮かれた世間は退屈しのぎに事欠かないし、好きな女の子は薄着になるし。これに関しては自分の前でだけと限定したいが。

「早く秋になっちまえばいいのに」

ぐちぐちと夏に対して文句を連ねてから、ストローに口をつける。紙パックのジュースは温くなるのが早いが、口に入った液体はかろうじて冷たさを保っていた。ごくごくと喉を鳴らし飲み干せば、少しだけ熱が逃げた気がした。

期末テストも終わり、後は夏休みを待つばかり。楽しいことだけではないし、やらなければならないこともたくさんあるのだが、やはり夏休みは特別だ。
薄い瞳に青い空を映したまま溜め息を吐いた沖田は、飲み干した紙パックをギュッと握り潰す。

「あ、沖田くんだ」
「沖田くん今帰り?」
「暑そうだねー」

甘ったるい匂いと共に、女の子特有の高い声がまとわりついてきた。
化粧をほどこした顔に見覚えがある。去年、同じクラスだった女子達だ。
楽しそうに話しかけてくるのだが、いまいち頭に入ってこない。彼女達よりも、暑さの方が沖田の思考を支配していたからだ。
適当なタイミングで相槌を打ちながら会話の終わりを待つ。何度目かの相槌のあと、満足したのか飽きたのか、彼女達は沖田に手を振りながら離れていった。
生温い風が吹くと、また鼻につく香り。甘いその匂いに沖田は僅かに顔をしかめた。
これは違う匂いだ。
欲しいのはこれじゃない。

ぼうっとした思考のまま沖田は木陰に向かう。木の下に置いてあるごみ箱に紙パック捨て、額に落ちる汗を拭った。


「モテモテだね」

声をかけられるまで、沖田は妙が来たことに気付かなかった。この暑さで、思っていた以上に頭がぼんやりしているらしい。

「―――黙って見てるなんて酷いですぜ」
「沖田くんって女の子に囲まれてるのが似合うなって思ってたのよ」
「そりゃあ、顔がイイからねぇ」
「そうね。王子様みたいだもんね」

冗談めかして妙が笑う。
先ほどの様子を見ていたのなら少しは妬いてほしいと思うのに、妙にその様子はない。むしろ、沖田が女の子にちやほやされているのが嬉しそうだ。

「遅くなってごめんね。暑かったでしょう」
「暑い」
「顔が赤くなってる」

細い指先がためらいもなく沖田の頬に触れた。

「やっぱり熱いね」
「すっかり茹であがってまさぁ」

妙の指先が赤くなった肌を伝うように触れていく。羽でふわりと撫でるような、微かな感触が沖田にはもどかしかった。

「志村さん」

柔らかな手そっと握る。

「もっと触って」

低く冷めた声に熱が籠もるのは、この暑さのせいだろうか。

「暑いのに?」
「どーせ暑いなら志村さんと暑くなりてぇや」
「いやよ。私はこれ以上暑くなりたくないもの」

妙は笑って拒否するが、沖田の手を振りほどこうとはしなかった。掴んだ手と手が汗で濡れる。暑くてたまらない。
沖田は妙の首筋に顔を寄せ、目を閉じた。

「いい匂いがしやすね」
「嘘。汗かいてるのに」
「キスしていい?」
「唐突だね」

妙が拒まなかったので、沖田は素早く唇を重ねる。ちゅっ、と短い音をたて、すぐに沖田の顔が離れた。

「志村さんのその顔好きですぜ」
「どんな顔?」
「恥ずかしいのに何でもないふりしてる顔」

妙の額に自分の額を合わせ、悪戯が成功した子どもみたいに笑う。

「こんな人目のある場所でされたら恥ずかしいに決まってるじゃない」
「ちゃんと聞きやしたぜ?していいかって」

普段なら断るのに、受け入れたのは妙だ。恥ずかしさを我慢して。
その理由が知りたくて沖田がじぃっと見つめれば、妙の目が左右に泳ぐ。しかし観念したのか、沖田の制服の裾をギュッと握り、深く息を吐いた。

「さっきの。本当はちょっと嫌だった」
「さっき?」
「………女の子達に囲まれてたじゃない」

不意を突かれ、沖田は目を丸くした。
それはつまり、少しはヤキモチを妬いたのだということだろうか。
全く気にしていないような顔をして、嫉妬がぐるぐると駆け巡っていたのだろうか。
自分と同じように。
沖田の唇が自然と笑みをつくっていく。
滲むのは歓喜。
じわじわと上昇する熱。
溶けるどころか、このまま蒸発してしまいそうだ。
腹の底から沸き上がるのは太陽とは違う熱。
もっと純粋で、もっと汚い、欲望にまみれた愛しさ。
沖田はたまらず妙の頬を両手で挟み、合わせた額をぐりぐりと擦り付けた。

「沖田くん……これ、地味に痛いんだけど」
「分かりにくい志村さんへの罰ですぜ」

罰というわりには沖田の表情が明るく、口元が自然と綻んでいる。

「嬉しそうね」
「嬉しいねぇ」
「どれくらい?」
「志村さんが食べられるなら全部食べてしまいたいくらい」

満足そうに笑うと、沖田は妙から身体を離した。二人の間に熱気が流れ込む。

「涼しくて、人目がなかったらいいんだろ」

ぼんやりとした態度は引っ込み、妙の手をとって颯爽と歩きだした。繋いだ手に汗が滲む。

「どこ行くの」
「俺の家。涼しいですぜ」

妙が歩みを速め、沖田の隣に並ぶ。木陰から出れば日差しが突き刺さり、肌をじりじりと焼いた。

「ついでに水風呂でも一緒に入りやすか?」
「それは寒いでしょ」

暑くて暑くてたまらない。
肌の上を汗が流れていく。
吸い込む空気が生温い。

「テストも終わったし、久しぶりにゆっくりできるね」
「ゆっくりはできねぇかも」
「…………なにするの?」
「さあて。どうしようかねぃ」

そう言って沖田が妙を見やり、意地悪そうに目を細める。

「どうせ熱くなるから、寒いくらいがちょうどいいですぜ」

風が運ぶ香りに沖田は口角を上げる。
欲しかったのはこの匂い。
繋いだ手の奥の熱が、沖田の自制心を溶かして消した。



「融点飛び越え沸点超え」
2010.09.02

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