2929アンケ記念! | ナノ



澄んだ青空に映えていた桃色の木々はすっかり緑色へと変わっていた。風はまだ冷たさを含みながら皮膚を舐めていくが、その冷えた肌を温い空気で再び覆い暖める。
そんな春の昼下がり、人気のない準備室での出来事に気付いている者などいなかった。当事者を除いて。


「お断りします」

担任である銀八を真っ直ぐ見据えながら、はっきりきっぱりとこれ以上ないくらいの口調で妙は断言した。

「なんでだよ」
「なんで?」
「俺のこと好きだろ」
「誰が」
「おまえが」

断言口調の銀八に妙の頬がひくつく。この揺るぎない自信は一体どこからきているのだろうか。思わず吐いた溜息に疲れが滲んだ。

「好きではないです。愛もないです」
「照れんなよ」
「日本語通じてますか」
「はいはい、照れ隠し照れ隠し」

銀八が抑揚のない口調で軽くあしらう。何度同じやりとりを繰り返したか分からない。担任相手だと思い堪えてきたが、そろそろ我慢も限界だった。

「もう一度言いますが、お断りさせていただきます」
「だから、なんで」
「なんでじゃなくて……大人なのに断られる理由が分からないんですか?」
「分かるよ。志村のことなら」

ゆったりとした動作で頬杖をつきながら銀八が薄い笑みを浮かべ妙を見やる。小馬鹿にしているようで、しかし壊れものに触れるような優しい眼差し。そんな視線をたっぷり浴びせられれば、銀八が本気なのだと妙にだって分かっていた。
担任である銀八に告白されたのは一週間前。
何日も何度も悩んだうえでだした結論に間違いはないと信じたい。
妙が一度目を伏せて、改めて銀八を瞳に映した。

「私は生徒で、あなたは先生です」
「だな」
「立場も違うし年齢も違います」
「そりゃそうだ」
「私は先生を異性として考えたことがありませんし考えられません。そんな人と付き合うなんて無理です。例え付き合ったとしても誰にも言えない関係になります。そういうことも私はできません。ですから先生の申し出を断る以外に選択肢はないんです」

これは妙の本音だった。好き嫌い以前に、銀八を異性として意識したことがないのだ。だから考えられない。そんな素直な気持ちを銀八にぶつけた。

どれくらいそうしていたのだろうか。
会話が途切れたので妙には長く感じられたが、多分三十秒くらいしか経っていないだろう。その間、銀八は無表情のまま妙を見つめていた。見つめるというよりも、表面をすり抜けて妙の真意を問うような視線。
それに居心地の悪さを感じ、ふっと視線を逸らした。

「それだけ?」

銀八が首をコキっと鳴らす。言われた言葉の意味が妙にはすぐに分からず返事ができなかった。

「断る理由ってそれだけかっつってんの」

返事をしない妙に重ねて催促すると、妙が促されるように頷いた。
銀八の予想外の言葉に混乱してしまい何度も瞬きを繰り返しながら目の前の男を凝視する。

「お前なあ・・・なんて顔してんだよ」
「え、」
「そんな顔してボーっとしてっと舌突っ込んで舐めまわすぞ」

銀八が口の端を上げて笑ったのを見て、妙が両手で顔を抑える。知らず知らずのうちぼんやりとしていたらしい。口がぽっかり開いていたかもしれない。
慌てた妙が落ち着くために深く息を吸って吐いた。

「それは嫌です」
「志村がボーっとしてる時なら大丈夫だろ」
「先生の前では常に臨戦態勢でいることにします」
「それ遠回しに俺をボコります宣言してね?」

そうですね、と返しつつ妙が視線を廊下へと移した。足音と話し声が遠くから聞こえてくる。

「じゃあ私は教室に戻ります。このプリントをみんなに配ればいいんですね」
「いきなり優等生モードかよ。さっきまでは甘い雰囲気だったのにな」
「甘くないです」
「甘いって」
「頭の中がサトウキビでできてるからじゃないですか」
「俺のおやつは原料から自家生産ですかコノヤロー」
「お金がかからなくて良かったですね」

銀八が「よくねーわ」と顔をしかめたのを見て、妙は可笑しそうに目元を緩めて笑った。


「ほらよ」
「ありがとうございます」

渡されたプリントを両手で抱えていた妙はドアを開けてくれた銀八に一礼をする。散々いい加減なことを言っていたが基本的には最低限の優しさは持ち合わせているようだ。
銀八の横を通り抜けて廊下に出たが、「志村」と呼び止められ振り返った。

「お前さ、俺の言ったことを色々考えたり悩んだりしてんだろ」

銀八が開いたままのドアに寄りかかり、いつもの無表情で妙を見ていた。

「当たり前ですよ。相手が先生なら尚更です」
「だからさ、そういうふうに色々考えっから難しくなんじゃねーの」

銀八は癖の強い髪を掻きながら妙に近づき、少し前で歩みを止めた。向かい合わせになるとお互いの立場や年齢の違いがよく分かる。それが二人の現実だ。
妙が口を開きかけたと同時に銀八は妙へ手を伸ばした。

「お前は、先生とか生徒とか年が離れてるとか、そういうめんどくせーこと考えなくていいんだよ」

骨張った指は妙の腕や肩や唇をすり抜け、白く柔らかな頬をふにっとつまんだ。

「それはいいから、俺のことだけ考えてくんない?」

銀八はそう言って、担任の突然の行動に目を見開いたまま固まってしまった妙の頬をぐうっと引っ張り、「すっげーアホづら」と子どもっぽく笑った。


「悩んじゃってる時点で受け入れてる気がしないでもないけどね」
2010.04.19

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