2929アンケ記念! | ナノ



志村姉弟の住まう家は、家というには大きな建物で、道場や敷地も合わせるとその広さは一般住宅を遥かに超えていた。四方は頑丈な塀に囲まれており、内側には品よく整えられた緑の庭が広がっている。それらに護られるかの如く、今は二人の稽古にしか使用されない道場と、姉弟二人が生活するにしては大きすぎる家があった。
二人は仲良く慎ましやかに暮らしているが、弟の新八は仕事で家を空けることが多く、姉の妙は一人で過ごすことも少なくはなかった。しかし山崎の上司である近藤をはじめ、妙を訪ねてくる者は多い。結局、妙が一人で居ることの方が少ない状況だった。
山崎がここを訪ねたときもそうであると勝手に判断していたのだが、珍しいことに志村家に客はおらず、屋敷はひっそりとしていた。監察方であるが故に人の気配には敏感だ。しかしどこを探っても自分と妙以外に人の気配はなかった。

「参ったなあ」

思わず零れた本音。通された和室にも人の気配はない。山崎は軽く溜め息を吐きながら首の後ろを掻いた。

「なにかお困りですか」

手に盆を持って戻ってきた妙が微笑んでいる。どうやら先ほどの独り言が聞こえてしまったらしい。

「あ、いえ」

曖昧に応えると、妙は笑みを浮かべたまま山崎の前にお茶を置いた。

「そんな顔しなくても無理に訊ねたりしませんよ」
「え?」
「誰にだって言えないことも言いたくないこともあるでしょうしね。ですから、そんな顔しないで下さいな」

そう言葉をかけられ、山崎は自分の顔をぺたぺた触ってみる。

「・・・おれ、どんな顔してました?」
「そうねえ」

妙は目線を落とし、自分の前に置いた湯飲みを手に取る。

「困ったなあ、どうしようかなあ、ああもうだめだー・・・て顔かしら?」
「なんですかそれ」

山崎が眉を下げて笑えば、「なにかしらね」と妙も笑った。
妙に礼を言ってから湯飲みに口をつける。熱い液体が乾いた口内を湿らせていった。
山崎は目を伏せる。
上手く誤魔化せているだろうか。
彼女に何も伝わらないように、微塵も感情を滲ませないように、上手く隠せているだろうか。心の中で問いかけて、浮かんだ答えに目が眩んだ。


もうだめかもしれない。







「明日は晴れるかしらね」

夕方、二人で歩く川沿いの細い道。買い物に行くという妙と一緒に志村家を出て、町までの道すがら会話を重ねる。会話といっても、数歩先を歩く妙がひとりごとのように喋り、それに山崎が時折相槌を返すというもの。

「一日晴れるならお布団を干そうかしら」

いつもとは違う、どこかのんびりとした口調で彼女は言った。

「最近は曇っていたから干せなくて。ふかふかのお布団が恋しいわ」
「そうですねえ」

当たり障りない返答をしながら視線を足元に落とす。自分の足先から伸びた影を目で追い、その先にある彼女の姿に目を止めた。
しゃんと伸びた背筋が彼女らしいと思う。

「晴れたら嬉しいけど、そうね、雨もいいわね。雨上がりの空気は気持ちが良いもの」

笑みの混じった声が風に乗り、後ろを歩く山崎の耳を撫でて消える。
彼女は振り返らない。
でもきっと笑っているのだと思う。
彼女はいつも笑っているから。
それしか見せてもらえないから。

急に立ち止った山崎に気付いたのだろう。妙は振り返り、山崎を見やる。

「どうかされましたか」
「いえ・・・」
「そう。良かったわ」

華奢な肢体、揺れる黒髪、白い肌、細い手首。
ただそれだけで胸がざわつき、指先が冷たくなった。
くらり、と眩暈のような欲を彼女に感じ、平静を装った顔で自制する。

「姐さん」
「はい、なんですか」

目をやわく細め、口の端をゆっくりと上げ、綻んでいく表情に息が止まる。どうしようもない感情がぐつりと沸き立つ。

「俺は、晴れでも雨でも曇りでも、なんでもいいです」

山崎は妙に歩み寄る。そして、その距離が触れられるほど近くなったとき、そっと妙を抱き寄せた。

「姐さんが一緒ならなんでもいいです」

妙が息を飲んだのが分かった。逃げられないように、強ばる身体をぎゅうっと抱き締める。今まで溜め込んできた感情が言葉と共に溢れだしてくる。

「おれが困った顔してたって言ってましたよね。それ当たりです。困ってました。姐さんと二人きりで色々我慢できるかなって。どうしようかなあって思いました」

一定の線を踏み出さないままでいようと思っていたのに、こうも簡単に覆ってしまう。

「我慢するのが大変で、だから参ったなあって言ったんです。姐さんに会う時はいつも我慢してましたし。もちろん何も出来やしませんけどね」

山崎は妙を抱きしめたまま少し笑う。

「もうだめだーってのも当たってます。姐さんの笑った顔が可愛くて理性がきれかけました。まあ、そこらへんについて正直に全部話すと軽蔑されそうだから言いませんけど。とにかくギリギリでした。可愛いなあって」

彼女の幸せを遠くから願うだけだなんて偽善にも程がある。脆い決意だ。そんなことできやしないのに。
ずっと隠していて、これからも隠し続けていくつもりだったけど。
隠せないほどに膨らんだ気持ちが破裂する。

「好きなんです。ずっとこうしたかった」

腕の中に在る温もりが身じろいだ。僅かに見える耳が紅く染まっている。それが嬉しくて、愛おしくて。その耳に頬を擦りつけながら「好きなんです」と繰り返した。





「どうにもならないこの感情」
(どうにかしようと思うが間違い)
2012/04/14

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