2929アンケ記念! | ナノ



呼ばれ慣れた役職の名前。
色んな生徒に、色んな教師に、色んな保護者に呼ばれ続けてきた名前。なのに。

「坂田先生」

たった一言。それだけで相手が志村妙だと分かってしまう自分が嫌になる。

「───なに?」

動揺を隠そうとしたのか、はたまた動揺した自分に驚いたのか。銀八の反応は若干遅く、返す言葉もそっけなかった。

「冷たい言い方ですね」

志村はどう思ったのか、ぶっきらぼうな態度を気にする素振りはない。

「別に冷たかねえだろ。生徒に対しては皆平等。お前も特別じゃない」
「そうですね。私はただの生徒でしたね」

綺麗に整えられた顔立ちに柔らかな笑みが浮かぶ。
少しだけ首を傾げて微笑むのはこの生徒の癖だった。細い首筋のラインが露になる。銀八はさりげなく視線を逸らす。あれはだめだ、質が悪い。

「それで? なんの用」

先生らしいフリをして距離を置き、残像を追い払うように作業を続けた。散乱したプリントを集め、ファイルの整理をし、私物を段ボールに詰めていく。

「本当なんですね」
「なにが」
「みんな噂してますよ。坂田先生が、ここを辞めて出ていく準備をしてるって」

ふ、と苦笑いが浮かぶ。まだ理事長と自分しか知らないはずなのに、どうやって伝わったのか。

「半分当たり」
「え」
「ここの姉妹校に臨時で行くことになったんだよ。だから出ていくのはホント。でも辞めてねえから戻って来る予定」

何でもありの理事長だからできる力業だ。事情があるにせよ姉妹校にせよ、自分のところの教師を他校に貸し出すなんて。

「なんだ。そうだったんですね」

志村が動く気配がする。作業を進める銀八の邪魔にならないように、段ボールの横に置かれたもの。

「なにこれ」
「いちご牛乳です」
「見りゃわかるわ」
「今までの感謝をこめて。でも帰ってくるなら必要なかったですね」
「感謝安すぎ」
「それで、本当に辞めないんですよね」
「なんだよ。志村さんは銀八先生がいねえと寂しいってか」
「寂しいです」

冗談が混じらない声音は色々と勘違いしそうになる。それはどういう意味なのか。ありえないくらい面倒な選択肢が頭に浮かんだ自分が嫌になる。

「寂しいから、私を忘れないでくださいね」

その言葉に振り返った自分がバカだった。
いつものように首を傾げて笑って、言葉ひとつで谷底に突き落とす。志村妙はそういうやつなのだ。

「俺はお前を忘れてえわ」

前には進めないから、深く深く沈んで溺れていくしかないのに。



流れ弾のその威力
2020/06/09

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