2929アンケ記念! | ナノ



「まだですかぃ」
「ん……もうちょっと」

同じ言葉をもう何度問いかけただろうか。
妙の返事は全て同じ。
沖田を見ないまま応えるのも同じだ。

「いい加減飽きやしたぜ」
「もう少しだから」
「その返事も飽きやした」

声に不機嫌さを滲ませて、沖田は蜜柑を口に放り込んだ。
突然の出張を命じられ町を離れて二週間。昨日の内に戻ってはいたのだが、上への報告やら留守中にたまった仕事やらを片付けている間に気付けば一日経ってしまっていた。
残りの仕事を大急ぎで片付けて(半分以上は上司に押しつけて)手土産を片手に志村邸へ訪れたのが一時間前。
都合の良いことに弟も客人もおらず、思う存分妙を独り占めできると思っていたのだが、なぜか妙と向かい合わせでこたつに入ったまま放っておかれている状況なのだ。

「俺は蜜柑を食いに来たわけじゃありやせんぜ」
「分かってます」
「暇だから食ってんだ」
「そうよね」
「蜜柑にも飽きやした」
「ごめんなさいね」

口をもごもごと動かしながら精一杯主張してみるが、一向に妙は顔を上げない。
それどころか沖田の主張は上手くあしらわれているようにも感じられた。
視線すら合わない。
なぜなら、妙は沖田の手土産である小さなカラクリ玩具に夢中なのだ。
一見すれば小さな箱。
しかし決められた順序で小さな部品を動かしていくと様々な動物になる。
何となく土産にと買い求めたものだったが、初めは物珍しげに眺めていた妙がその箱を手に取るとカチカチと無言で動かし始め、一つ形が出来るたびに「まあ」と声をあげて笑い、そしてまた動かす。それがもう一時間も繰り返されているのだ。
最後の一房を口に放り込んだ沖田はもごもごと甘酸っぱい果実を咀嚼し、ごくりと喉を鳴らした。

「ごちそーさま。もう蜜柑もねぇや。他に食うもんもないし、次は姐さんを食いやしょうかね」

こたつの上に置かれていた丸い形の果物は、全て花のような形に広がって積み重ねられていた。中身は全て沖田の腹の中だ。

「あら」

そこでやっと妙はゆったりと顔を上げ、こたつの蜜柑と沖田の顔を見比べる。

「本当ですね」

確か片手で数えられないくらいあったはずだ。
妙は記憶を辿りながら蜜柑の残骸を見やり目を丸くした。

「沖田さんは蜜柑がお好きなのね」
「普通」
「こんなに食べているのに?」

妙はくすくすと笑いながら沖田を瞳に映す。細められた眼差しは優しいものだ。

「まだありますよ。持ってきましょうか」

暖かな部屋の中にあると蜜柑の傷みが早くなってしまうため、ここよりも室温の低い炊事場にまとめ買いした蜜柑が置いてあった。
沖田がこんなにも蜜柑を好んでいるのなら、もう少し買っておけば良かった妙は思う。

「もう腹一杯。しばらく蜜柑は見たくねぇや」

ふるふると首を振った沖田はごろりと寝転がると仰向けになった。
視線の先には黒に近い焦げ茶色の天井。
広くて手入れの行き届いている志村邸は、沖田が暮らす男だらけの屯所と違い、吸い込まれそうな静寂さを称えている。
常に耳の横で騒音が鳴り響いているような屯所とは全く異なる空間だった。
居心地は悪くない。
満腹感と足元から伝わる暖かさ、そして軽い疲労感から自然と瞼が重くなってくる。

「俺は姐さんに逢いに来たんですぜ」

瞼はかろうじて開いているが、今にも閉じてしまいそうだ。

「姐さんを…こうやって…抱き締めて」

仰向けの姿勢のまま腕を伸ばし、緩やかな弧をつくる。ちょうど人が一人入るくらいの大きさ。

「それから姐さんの頬を擦って……姐さんの耳たぶに噛み付いて……」

沖田がついに瞼を閉じて、うわごとのように言葉を続ける。

「姐さんに口付けて舌を吸って……逢えねぇ間ずっと姐さんのことばかり考えてて。早く逢いてぇなァって。それなのに姐さんは俺より玩具に夢中みてぇだ」

ばたりと落ちた両手。
沖田は恨み言のような惚気のような言葉を吐きながら、こたつに深く潜り込み、ごろりごろりと寝返りをうった。

「猫みたいですね」
「じゃあ猫らしく姐さんの膝の上で暖をとりやしょうかねィ」

沖田の言葉に妙が笑みを零す。普段の澄ました顔はどこへやら、我儘な子どものような態度でへそを曲げていることが可笑しくてたまらなかったのだ。
軽やかな笑い声の裏側で、妙の胸をきゅうきゅうと締め付ける感覚。

「沖田さん」

ことり、と玩具をこたつの上に置いた妙が畳に手をつき体を屈ませて、向こうにいる沖田の名を呼ぶ。
ここからでは沖田の黒い隊服しか見えない。

「――沖田さん」

もう一度名前を呼んだ。
しかし沖田は返事どころか身動き一つしない。まるで静止画だ。
妙は笑みを深くすると一旦こたつから体を出し、すすすと沖田の傍らへと近寄った。

「沖田さん……お返事して下さらないの?」

横顔を視線でなぞる。
微かに震える睫毛を見つめながら明るい色合いの髪に触れ、指先でそうっと梳いた。
さらりさらりと落ちる髪。
男の髪とはこんなにも柔らかなものなのだろうか。
妙にはよく分からないが、弟の新八とは違う感触であるのは確かだった。
本当に猫のよう――
妙はまたふうわりと笑みを浮かべる。
沖田の髪を梳く手を、妙よりも少しばかり大きな手が包んだ。
こたつから出したての皮膚は体温以上の熱をもち、包まれた妙の手にじんわりと熱が移っていく。

「――なぁ姐さん」

ゆっくりと発声される低い声。瞼の下から髪の色とよく似た茶色い瞳が現れる。

「俺ァ怒ってんだ」

表情こそ変わらないものの、いつもより機嫌が悪いのが妙にも伝わっていた。
機嫌が悪い、というより拗ねているようにも見える。

「そうね。私が悪かったわ」
「そう、姐さんが悪い。だから姐さんは俺の機嫌をとらねぇといけねえ」

そう言って、沖田は妙の手を掴んだまま器用に体を起こした。
こうやって向かい合わせになると互いの違いがよく見える。顔立ちも体つきも、声も匂いも違う。
同じ年を重ねた二人だが、沖田は男であり、妙は女であるという事実がはっきりと分かるのだ。

「どうしたら沖田さんの機嫌が治るのかしら?」

妙が小首を傾げて微笑む。
その顔を瞳に映した沖田は微かに口角を上げると、膝を付いたまま妙の脚を跨いだ。そして妙の膝の上に座って、黒い瞳を覗き込むように見つめて笑う。

「どうやったら機嫌が治るか――ですか?」

沖田は妙を真似るように首を傾げ、そして妙のこめかみに唇を擦り付ける。

「姐さんは御存じのはずですぜ」

吐息混じりの言葉が皮膚に熱を灯す。沖田は妙のこめかみに鼻を擦り付けて、すんと匂いを嗅いだ。温く柔らかな香りが鼻腔をくすぐる。

「本当に猫みたいですね」
「俺が猫なら姐さんに飼われてぇや」
「あら、どうして私に飼われたいのかしら」

妙の体が揺れる。どうやら笑っているようだ。

「そりゃあ俺が姐さんに惚れちまってるからに決まってますぜ」

そう言って、鼻先をあてていた場所に唇を寄せて口付ける。

「だから、姐さんに惚れてる俺の機嫌を治せるのは姐さんしかいない」

一月ぶりの妙との逢瀬。
自身が持ち込んだ手土産に邪魔をされたが、まだまだ時間は十分にあるのだ。
女らしい温もりを感じながら頬を指の腹で擦り、そこをれろりと舐める。

「俺を放って玩具で遊んでたんだ。今度は俺と遊ぶ番ですぜぃ」

口の端に、目尻に、甘い蜜を舐めとるかのように舌を這わせて「姐さん早く」と囁く。

「――私の負けね」

諦めを含んだ笑みを浮かべた妙の降伏宣言に、沖田はふっと口元を緩めた。
結い上げた髪に手をやりそれを解く。
落ちていく黒色を目の端に捕らえながら呟いた言葉は絡んだ舌の奥へと滑り落ちていった。


「惚れたが勝ち。」
2009.12.10

[ back to top ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -