「あなた、普段から顔色が悪いのね」
起き上がっていた高杉に僅かに目を瞬くと、女をそろりと笑った。
「最初は怪我をしているからと思っていたけど、そうじゃないのね」
高杉の居る布団の横に膝をつき、そっと顔を覗き込む。
「血が足りないのかしら」
黒い目が高杉の表面を滑っていく。
「今にも死にそうね」
優しさ、ではないと感じた。
不意をつかれ傷を負った高杉を女が助けたのは、優しさからではないのだと。
「包帯を取り替えましょうか」
その言葉に高杉の視線が鋭くなったのを感じたのか、女が手当の道具を探りながら静かに笑う。
「顔のは触りませんよ。・・・あなたの残骸でしょ?それは」
冷たい声、冷たい目線。
「こたえなくていいですよ。話さなくていい」
月明かりに照らされた女の輪郭。
「あなたの名前も聞きたくない」
知りたくないのではなく、聞きたくない。その言葉からも女が高杉を知っていることを窺わせた。
女は高杉の正体を知っている。
そして高杉も女を知っていた。
「酔狂だな」
鼻で笑ってやれば、女の手が止まった。
「そのまま棄ておくこともできただろうに」
目が覚めてから誰とも会っていない。気配すらない。それは女が人払いをしているから。
「私が拾ったのはただの行き倒れですから」
再び動いた手が皮膚に触れていく。
「動けるようになれば、すぐに追い出します」
淡々とした口調に感情は混じらない。なのに、触れる手は丁寧で。
「今すぐじゃなくていいのか?俺は、あんたの知ってる奴らに恨まれてるよ」
傷は塞がってきている。完璧ではないが血が止まっただけでも充分だ。明朝にはここを出て行ける。
「ですから、」
腕に巻かれた真新しい包帯。
「ですから、私はあなたの名前を聞きたくないんです」
女は包帯で隠れた傷の上にそっと手を置く。
「私も、あなたも、何も知らない。何もなかった」
立場も居場所も違う。生き方も考え方も違う、これからもきっと相容れることはない。
「夢を見ていたと、そう思うことにします」
白い包帯の上に置かれた白い華奢な手。
夢だというのに、触れた箇所が温かった。
『夢の中』
2015/10/08