上手くやるつもりだった。何もかも、全部。
「んっ、んー!!」
「はいはい暴れんなー」
「んっ!んー!んー!」
「いいから、大人しくしとけって」
後ろから口を手のひらで塞がれ、そのまま近くの教室へと引きずり込まれた。声と、白衣と、耳元で喋った時の甘い匂いで誰か分かっていたけれど。この教師にこんな扱いを受けるいわれはない。
「はい、とーちゃーくー」
中に入り、軽く突き飛ばされる。その隙に鍵を閉められ、出入口を塞がれた。この教師の根城である準備室だ。
「これ、問題行為ですよね」
「どこが?」
「無理やり口を塞がれて連れ込まれました」
「ただの生徒指導ですー」
扉に寄りかかるように立つ教師を睨む。ここから出すつもりはないらしい。
「生徒指導にしては行き過ぎなんじゃないですか?掴まれた場所が赤くなってるかも」
「へえ、舐めてやろうか?」
何を言われても、のらりくらりとかわす。この教師の人を舐めた態度が気に入らない。
「邪魔しないでください」
でも、一番気に入らないのは邪魔をされたこと。
「それこそ生徒指導だろ?」
へらりと笑った教師に顔が歪んだ。何の権利があって邪魔をするのだろうか。
「お前さあ、アイツら呼び出してどうするつもりだったわけ」
「お話するつもりでしたよ」
「それで終わるわけねえだろ」
「殴られたら殴り返しますよ?でもそれって正当防衛ですよね?しかも複数の男対女一人なら、私のやったことって同情はされても罪になりますか?」
当たり前のように言ってやれば、白髪の教師は深く息を吐いた。死ぬほどめんどくさそうで、そんなに面倒なら関わらなければいいのにと内心舌を打つ。
「弟が仕返ししてくれって頼んだのか?」
そう言った教師を凝視する。この人は知っているのだ。誰から訊いたなんてどうでもいい。知ってるくせに止めるのか。
「そんなこと頼んでねえだろ。アイツはそんなバカじゃねえからな」
「そうですね。私だけがバカなんですよ。だから放っておいてくれませんか。絶対に学校にバレないようにやりますし」
面倒なら見て見ぬふりをすればいいのに。だからそう言って、安心させようとした、先生には関係ないと。
「お前、マジでバカだな」
面倒そうに吐き捨てる。
「でも俺も結構バカなんだよね」
見たことのない表情に気をとられていたら、いきなり顔を掴まれた。また口元を手のひらで覆われる。
「なあ、先生の言う通りにします、って志村さんに言わせるにはどうしたらいいと思う?」
軽い口調とは反する眼差しが、冗談ではないのだと感じさせた。
『秘密の密室』
2015/10/07