山崎が仕事をサボるのは珍しいのかもしれない。意外と職務に忠実な男なのだ。だから、仕事中にも関わらずぼんやりと川べりに座っている姿に自分自身が驚いていた。
「疲れてんのかなー」
面倒な役職だと思う。でも、これが自分の選んだ道だ。どこかで折り合いをつけていくしかない。
ぼんやりとしていたはずなのに、砂利を踏む足音に反応してしまった。職業病だろうか、気を抜くことすらまともできない自分がおかしかった。
「山崎さん?」
すぐに緊張がとけたのは、足音の持ち主が知り合いだったから。
「姐さん、こんにちは」
「こんにちは。休憩中ですか」
「あはは、休憩という名のサボリ中です」
「山崎さんがサボるだなんて珍しいですね」
「姐さんもどうですか」
「ふふ、そうね」
傍に来た妙が立ち止まる。
「お隣、良いかしら」
「はい、どーぞ。あ、座ります?じゃあ、何か敷きましょうか」
「お構いなく。そのままでいいですよ」
上着を脱ごうとする山崎を柔らかく制し、妙は山崎の隣へと腰をおろした。
香の匂いがする。いつもと違う香りは妙らしくない。着物も簪もいつもと少し違う気がする。何より違うのは纏う雰囲気だ。綺麗な曲線を描く横顔が物憂げで、元より華奢な身体がもっと頼りなく見えた。
「・・・穴が空きそうだわ」
「えっ?」
「隣からそんなに見つめられると緊張しちゃいます」
全く気付かなかった。山崎は謝罪を口にしつつ慌てて顔を前に向けた。無意識に観察してしまったらしい。
「何か気になりましたか?」
「いやあ、その、いつもと雰囲気が違うような気がして」
「・・・そんなに違いましたか?」
妙の質問に何と答えたら良いのだろうか。踏み込みすぎるのも失礼だし、だからといって簡単に誤魔化せる相手ではない。山崎は観念するように息を吐いた。
「間違えてたら申し訳ないですけど、男の人と逢ってたんじゃないですか。年上で、お店の常連かなあ。その着物はその人からの贈り物じゃないですか。それを着て、その人に逢っていた。移り香が残る距離で」
多分、恋人ではないだろう。少なくとも妙にはその気がなさそうだ。しかし向こうは違う。だからこんなにも妙が弱々しく微笑むのだ。
「私は多分、あの仕事は向いてないんですよ」
妙の方を向けば綺麗な横顔が目に入った。
「気の利いた返しも恋の駆け引きも、上手く出来ません」
「姐さんらしいね」
「物知らずなだけですよ」
妙が視線を落とす。
「恋愛ってよく分かりません」
皆が皆、近藤のように直接ぶつかってくるわけではない。男女感の駆け引きだとか、それに伴う行為だとか、妙にはよく分からない。
「俺も分かんないなー」
山崎が呑気に笑う。
「俺なんて姐さんより年上だけど全く分かってないからね。しかも今は男所帯で出会いもほぼないし。良いなって思ってもどうしたらいいか分かんないし。というか仕事が忙しいし。忙しすぎて思わずサボるくらいだし」
「難しいですね」
「ですねえ」
多分、自分と妙は少し似ているのだ。あまり恋愛に免疫がなくて、だから恋愛に夢見ている。なのにいざとなれば恋愛というものに尻込みして、結局何でもないフリをして避けてしまう。
「でもまあ、俺は今のままでいいかな。楽しいし」
「そうですね・・・私も今のままやっていこうと思います」
「自分なりに頑張る?」
「はい」
妙がこちらを向き、にこりと笑った。最初に見た時の物憂げな表情が消え、笑った顔がいつもより子供らしく見えた。
「姐さんに逢えたから俺も頑張れそう」
たまにサボるのも悪くないなと、隣にある笑顔を見て思った。
『似た者同士』
2015/10/06