「前とは逆ですね」
と、雨宿り先で微笑んだのは沖田がよく知る女だった。
「今度は俺がずぶ濡れでさァ」
「私は少し濡れた程度ですね」
「そりゃ良かった」
皮膚に張り付いた髪から雫が垂れる。急いだつもりだが雨の勢いには適わなかったらしい。雨足が弱まるまでここから離れられない。
「良かったらどうぞ」
すっと差し出されたハンカチに目を落とす。皺のない綺麗なソレは、男所帯ではお目にかかれないもの。
「今度は私が手助けをする番でしょ?」
「さすがに着物は脱げやせんか」
「ふふ。そうですね」
前に一度、同じことがあった。こんな通り雨だった。あの時は妙がずぶ濡れで、逆に濡れていなかった沖田が上着を貸してあげたのだ。風邪でも引かれたら面倒だな、と。そう思っただけ。
「じゃあ遠慮なく」
欲のない親切を断るなど無粋な真似はしない。受け取ったハンカチで顔を拭けば、幾分か不快さが和らいだ。
「濡れていると濃くなるんですね」
「なに」
「髪の色」
「ああ」
そんなこと気にしたことはないが、そう見えるのならそうなのだろう。沖田はふっと妙を見る。
「姐さんは白くなりやすね」
「え?髪が」
「それどこの万事屋ですかィ」
「ふふ、そうね」
濡れたハンカチを絞った。ぽたぽたと落ちていく水。
「肌が白く見える。濡れると光ってるみてえだ」
「そう・・・かしら」
頬に手を当てた妙が自分の肌を確認するように眺める。その姿を沖田は横目で見やる。
「若いってことじゃねえですか」
「若いって・・・沖田さんは私は同い年ですよ?」
「十八でしょ?知ってるって」
「・・・前は十八に見えないとか言って、今度は若いって・・・私、沖田さんから馬鹿にされてる気がする」
あの時のことを存外根に持っていたらしい。沖田はすっかり忘れていたし、今も昔も馬鹿にしてるつもりはないんのだが。それでも不服そうに少し拗ねている妙を見れば、思わずプッと吹き出してしまう。
「馬鹿にしてねえよ。あんたって意外と被害妄想激しいな」
「被害妄想じゃなくて事実でしょ。だって笑ってるし」
いつもより砕けた口調が互いに親しみを感じさせた。真選組とか万事屋とか近藤の想い人だとか。そんな囲いを取り払い、ただの友人のように声をあげて笑っていた。
『十八雨』
2015/10/04