夕焼けが綺麗だった。
遠くの喧騒が懐かしく思えるほど静かな川べりに。
小さく丸くなった背中を見つけた。
自宅からそう遠くない場所に居た彼は、もしかしたら見つけてほしかったのかもしれない。
「新ちゃん」
ゆっくりと近づいていく。
ここには自分たち以外誰もいないから、どうか逃げないでほしい。
「・・・新ちゃん。探しちゃった」
草の中で膝を抱えて座る新八の顔は見えない。
「隣、座るね」
微かに身動ぎした背中。それでも拒絶はされなかったので、妙は隣に腰を下ろした。
目の前にある川に夕焼けが映り込み、水面はきらきらと光っていた。
「こんなふうに二人で夕焼け見るのは久しぶりね。きれいだわ」
ゆっくり話す時間が最近なかった気がする。
一緒に過ごす時間は前より少なくなっていた。
「ねえ新ちゃん。なにか私に話したいことはある?」
なければいいんだけど、と囁くように笑った妙に、新八は僅かに反応をした。
言いたくないことなのか、本当は言いたいことなのか。
妙はふっと視線を落とす。
本当は知っていた。新八がここに居る理由を。
「───好きな子がいたんです」
どれくらい経っただろうか。夕日はとっくに沈み、辺りはどんどん暗くなっていく。
まだ、お互いの顔が微かに認識できるくらいになる頃。新八が重い口を開いた。
「僕はそれに気づいてなくて・・・普通に話したりしてて・・・」
途切れ途切れになる言葉。
妙はそれを急かすことなく、時折新八の背中を撫でながら待つ。
「僕はよく分かってなかったんです。それがどういう気持ちなのかとか・・・。なにも分かってなかった・・・」
その子の姿が見えなければ探してしまうだとか。話してると楽しいだとか。そんなものは当たり前だと思っていたから。
彼女が一人にだけ特別な笑顔を見せていることに気づき、それと同時に自分の気持ちにも気付いてしまうまでは。
「姉上・・・」
「ん、なあに」
「僕・・・失恋しました」
震える声に涙が滲んでいた。
「・・・恋ってつらいですね」
涙顔で笑った新八が再び膝に顔を埋める。
声を押し殺し、恋はつらいと泣く弟。
妙は背中に添えていた手を肩に回し、そっと寄り添う。
「つらい時は泣いたっていいの。男だからって関係ない。つらいもんはつらいんだから」
本当は知っていた。新八が恋してることも、その相手が誰かも。
新八がその相手の好きな人に気付いたように、妙もまた気付いていたのだ。
そして、新八が失恋するであろうことも。
「父上だってオビワン兄様だって今日くらい大目に見てくれるわよ。男にだって泣きたい時があるんだって、同じ男なら分かるはずだわ」
大好きだった人達はもういない。彼らだったらどうやって新八を励ましたのだろうか。妙には分からない。こうやって傍にいることしかできない。昔からそうだったように、そうやって生きてきたように。
「新ちゃん。恋ってつらいかもしれないけど、幸せな気持ちにもさせてくれるわ」
初恋はもう遠いけれど、あの頃を想えば胸が温かくなった。
「だから、今は泣いてもいいの」
黒く短い髪を撫でる。新八の頭を一番撫でたのは父でも母でもなく自分だった。
「我慢しなくていいの」
いつか自分も泣けるだろうか。
恋などまたできるのだろうか。
太陽は沈み、灯りすら届かない。
その先が見えなくて、傍らの温もりだけが頼りだった。
『灯』
2015/10/30