妙誕カウントダウン!! | ナノ
2、おりょうと妙


秋晴れというのだろうか。おりょうは爽やかな水色の空に目を細めた。この家の庭はいつも綺麗に整えられている。家主の心が表れているようだ。

「おりょう、今日はありがとう」

部屋の主は布団の中から声をかける。窓辺に立ち、外を見ていたおりょうは軽く笑った。

「お礼を言われるようなことなんて、しちゃいないわよ。あんたの見舞い客にお茶出したくらいだわ」
「それで充分よ。ありがとう」

数日前から風邪をこじらせ床に伏せていた妙だが、今はすっかり良くなっている。ただ、熱は下がったばかりで体力もおちているため、今日は療養するようにと新八からきつく言われていた。

「庭の手入れをしたいんだけどなあ。草むしりしたいし」
「あんたねえ。風邪は治りかけが大事なのよ。今無理したらまた寝込むことになるわよ」

昼間、妙の様子を見に志村家へ寄った時。買い物に行くという新八に姉をみていてほしいと頼まれたのだ。熱がさがり、体調が戻った反動で朝から家事をやろうとする妙を見張るためでもある。 

「あんまり弟に心配かけちゃダメよ。あんたはお姉ちゃんなんだから」
「分かってます」
「どうだか」

こんなふうに身体を起こした状態で会話できるようになったのなら大丈夫だろう。無理をしている様子もないし、食欲もあるようだ。妙が仕事復帰する日も近いかもしれない。

「しっかし、あんたってやっぱモテるのねえ」

部屋の中を見渡せば見舞い品がいくつも置かれていた。食べ物は冷蔵庫の中。

「新八くんが買い物先で言いまくってるらしいわね。姉上が元気になりましたー!って」
「もう。新ちゃんったら」
「それだけ安心したってことでしょ。可愛いじゃない」

新八の笑顔を思い出し、おりょうはフフッと笑った。前から思っていたが、やはり仲の良い姉弟だ。

「新八くんも、お妙の様子を訊かれたから応えただけでしょ。それだけあんたを気にかけていた人が多かったってことじゃない。感謝しなきゃ」

買い物先で笑顔を振りまく新八が容易に想像できる。きっと嬉しそうに妙のことを話しているのだろう。それを見た相手も笑顔になるような、幸せな顔で。

「まあ、だから今日は見舞い客がわんさか来てるんだろうけど」

おりょうは先ほどまでのめまぐるしさを思い返した。新八から妙の様子を訊いた人達が次々とお見舞いに訪れたのだ。妙が元気になるのを待っていたのかもしれない。見舞い客の性別年齢職業は見事にバラバラで、妙とどんな繋がりがあるのか不思議に思う相手もいたが気にしないことにした。そういう相手が多くてキリがないからだ。

「お妙の交友関係って謎だわー」
「そうかしら?私はおりょうの交友関係の方が謎だけど」

妙が謎だと思うおりょうの交友関係など、妙のものに比べたら至って普通なのだ。年頃の女としては普通のもの。だが、妙にとってはそちらの方が謎らしい。

「まあいいわ。で、あの中の誰が候補なの?」
「あの中って、今日お見舞いに来てくれた人のこと?」
「そうそう。今日の見舞い客の誰がお妙のいい人候補なのかなって」
「おりょうったら・・・なに言ってるのよ」

妙に呆れた視線を向けられたが、これは正論だと思う。

「どこの世界に好きでもない女の見舞いに来る男がいるのよ」
「いると思うけど」
「そりゃいるでしょうけど、大抵の男は違うって」
「好きにも色々あるじゃない。おりょうだって私が好きでしょ?」
「だからそういう意味じゃないのよ」
「じゃあ嫌い?」
「・・・・あーもう好きよ、大好き、これでいい?」
「ええ。私も好きよ」

なぜか満足気な妙に言葉もない。誤魔化された気もするが、妙に関してはそれはないだろう。大人っぽい見た目に反してそういう部分はまだまだ子どもなのだ。いや、子どもの方がマセているのかもしれない。

「もしかして。お妙の恋愛観って初恋で止まってるんじゃない?」

妙の初恋話はいつか訊いたことがあった。妙が恋愛話をするのは珍しいのでよく覚えている。年上の明るい大きな人だったらしい。

「理想が初恋の相手で止まってるのよ。無意識にその人と比べたりだとか、その人に似た人を探してるとか」
「そんなことないと思うけど。あの人かっこいいなって思ったりもするし」
「ああ、あんたの周りは多いわよね。顔のいい男。女も美人揃いだし。もしかして面食い?顔で選んでる?」
「ふふ、どうかしら」

おかしそうに妙が笑う。おりょうがわざとそう言ったのが分かっているのだ。おりょうだって妙が顔で選ぶような女だとは思っちゃいない。

「でもやっぱり私はあの中にお妙の未来の相手がいると思うんだけどねえ」

浮いた話が本当にないのだ。噂はある。妙と交流のある男たちは良くも悪くも目立つやつばかりで、ちょっと道端で話していたり、すまいるや妙の家に訪れているのを目撃されただけで噂がたってしまうのだ。今日は色んな男が入り乱れていたからとんでもない噂になっているかもしれない。実際はお茶を飲みながら軽く世間話をしていただけなのだが。

「お妙は嫌いじゃないんでしょ?あの人たち」
「もちろん嫌いじゃないわよ」

あえて特定せずあの人達とぼかしたが、おりょうには幾人かの顔が浮かんでいた。ただの女の勘だが、あながち間違っていないんじゃないかと思う。
おりょうは外に目を向けた。秋晴れの空はどこまでも広く、薄青く澄んでいて、その中に入っていけるんじゃないかと錯覚してしまう。でも本当は届きなんてしない。掴むこともできず近寄ることもできず、ただ遠くから眺めるしかないのだ。

「ねえ、お妙。たとえばの話ね」

瞳には空を映したまま。

「たとえば、お妙の相手があの人達の中にいるとしたら」

妙がこちらを見つめているのが分かった。

「同じ女として言うけど、誰に惚れても苦労するでしょうね」

今、妙はどんな顔をしているのだろうか。静かな声は風のようだ。風ならばあの空にだって届くのだろう。

「でもねお妙。親友として言うけど」

今日初めて、妙とあの人達との普段の姿を見た。店で見たり話に聞いていたのとは違い、少し距離のある関係は思っていたより落ち着いていて。とても温かい。

「誰を好きになっても、きっと幸せよ」

それを恋と呼ぶには早すぎるかもしれないけれど、その優しい芽を見つけた気がした。




『空にとどけ』
2015/10/29
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