妙誕カウントダウン!! | ナノ
4、学パロ土方と妙



窓を開けた途端滑り込む湿った空気は雨の気配を帯びていた。案の定、生温い液体が空から降り注ぎ、土方は小さく舌打ちをする。
制服はカバンと一緒に持ってきていたが、傘は持ってきていない。ここで着替えて帰るとしても、結局は濡れてしまうのだ。
今度は舌打ちではなく溜め息を吐いた。こうやって剣道場の窓から淀んだ雨空を睨み付けていても仕方がない。覚悟を決めて帰るかと、戸締まりをしに踵を返した。

顧問が出張のため稽古は早めに切り上げられ、自主練で残っていた連中も帰ってしまった。ここには土方一人だ。窓を閉め、道具の確認をし、後は着替えるだけだとカバンを手に取り制服を取り出す。着ていた道着を脱ごうとしたその時、何かの物音が耳に入った。雨音ではない。辺りは薄暗く、必要最低限の電気しか点けていない道場内も同じように薄暗い。それでもその音が気になった土方は出入口に声をかけた。

「誰か居るのか」

決め付けたように言ってしまったが確信はない。だが、それは間違っていなかったとすぐに分かった。

「うん。私」

ひょいっと顔を覗かせた志村妙を見て、土方は目を見開く。

「志村か・・って、あんたずぶ濡れじゃねえか」
「うん。外にいる時に降られちゃったからね」
「降られちゃったからじゃねーだろ・・・」

確かに外は雨だが、急に降りだしたわけじゃない。「そうだね」と小さく笑った妙の髪から雫が落ちた。

「とにかく中に入れ。そこだと濡れるだろ」

雨宿りをしてるつもりらしいが、風があるせいか雨が軒下に入り込んでいる。湿った制服が肌に張り付いていた。

「俺以外いねえから気にしなくていい」

そう言い残して中に戻る。しかし遠慮しているのか妙は動かない。

「そのままそこに居たいなら好きにしろ」

もう一度中から声をかける。自分にできるのはここまで。これで動かないならそれでもいいとカバンの中をあさっていたら、「お邪魔します」と遠慮がちな声が響いた。

「本当に誰もいないんだね」
「そんな嘘吐いてどうすんだよ」
「それもそうだね」

目当てのものを手に取り、振り返る。妙は剣道場の入口のところに、頼りなさげに立っていた。そう見えるのは雨に濡れているからだろうか。先程は見えなかったがブラウスだけでなく、スカートも肌に張り付いている。それを見てしまったことが何だか気まずくて視線を逸らした。

「ほらよ」

何でもないような顔をして妙にタオルを押しつける。

「これ今日使ってねえから」

戸惑いつつもタオル受け取った妙が土方を見上げる。その睫毛も雨に濡れていて、土方は眉間に皺を寄せた。

「嫌ならそこら辺に投げとけ」

ふい、と視線を逸らし自分の荷物があるところまで戻る。

「ありがとう」

後ろから投げられた声が少し笑みを含んでいるのを感じて、土方は「ああ」と無愛想に返した。顔は見えないが多分笑っているのだろう。いつもの志村妙みたいに。それになんとなくホッした自分に驚いた。

「土方くんだけってことは、他の部員の人はもう帰ったの?」
「今日は早上がりで、残ってたのは自主練する奴らだけ。それももう帰ったし、俺も今から帰る。傘ねえけどな」
「あはは、じゃあ土方くんも濡れるね」
「道着が濡れなきゃいい。制服はすぐ乾くし」
「そっか。遠くから見たことはあったけどかっこいいね。道着姿の土方くん」
「そりゃどーも」

そういうことを言われ慣れていないわけじゃない。むしろ面倒だと思うくらいには言われている。だが、妙が土方にそういう言葉を口にしたのは初めてだったので戸惑った。クラスが同じというだけで接点などなかったから。
何かを誤魔化すように顔を顰めながら帰る準備をしていると、後ろから慌てた声で名前を呼ばれた。

「土方くんっ、あの」
「どうした」

何気なく振り返るとバチッと目が合った。顔を拭いていたのか、タオルを顔にあてたまま土方を見ている。

「そこで着替えるんだね」
「あ?そりゃ着替えねえと帰れねえだろ。雨降ってるし」
「そうだね、ごめん。でもそういう意味じゃなくて、私はいいんだけどね。弟いるから見慣れてるし」
「はあ?」

雨にうたれすぎて熱でもでたのだろうか。意味不明な言葉に眉を顰めていると、妙がパッと背を向けた。

「一応、見ないでおくね」

そこで、ようやく今の自分の姿を思い出した。

「わ、わるい!」
「ううん、大丈夫。さっきも言ったけど弟がいるから見慣れてるし」

気にしないでとでもいうように、後ろ向きのまま軽く手を振られたがそれどころではない。制服に着替えるため道衣も袴も脱ぎ、今の土方は下着姿だ。他に人が居る中で着替えるのには慣れているが、それは男同士の場合だ。こんな状況でだと焦ってしまう。女子と二人きりのこんな状況で。
たたんで置いてあった制服を手に取り、それを素早く身につけていく。

「ねえ、土方くん」
「ああ?」

ズボンをはき、ベルトを締めているところで声をかけられた。いまだ申し訳なさはあったが、妙は本当に気にしていないようなので蒸し返さないことにする。

「小雨になってきたよ。これくらいだと大丈夫そう」
「そうか。なら急がねえとな」

シャツのボタンは半分ほどとめていなが許容範囲だろう。手早く道着をたたみ、帰る準備をしていく。

「タオルありがとう。洗濯してから返すね」
「ああ。傘代わりに頭からかぶって帰れ。さっきみてえにずぶ濡れになるよりゃいいだろ」
「あはは、そうだね」
「電気消すぞ」

僅かについていた灯りを落とすと、一気に暗くなった。まだ目は慣れていないが道場内のことならよく分かっている。土方は迷うことなく入口へと向かった。
外は小雨となっていたが、やはりいつもより薄暗い。入口を出てすぐのところに妙は立っていた。その姿を見て思わず笑ってしまう。

「ほんとにかぶってんのかよ」
「いいでしょ?貸さないからね」
「俺のだよ」

軽く笑いながら剣道場の鍵を締め、妙に向き直った。

「鍵返すから、職員室寄って帰るぞ」
「え?」
「どっかで待ち合わせだとか面倒だろうが。雨が強くなる前にさっさと帰るぞ」
「・・・もしかして、一緒に帰ってくれるの?」

不思議そうに土方を見つめる妙に、土方は呆れたような目線を向けた。

「暗くなってんのに置いて帰るわけねえだろ」

女に甘いわけではないが、それくらいの優しさは持ち合わせている。が、なぜか照れくさくなってきた。目の前の女がはにかむように微笑んだからだろうか。

「土方くんは道着じゃなくてもかっこいいね」

そう言った妙に、「うるせー」と照れたように返した。



『雨日和』
2015/10/27
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