神楽は首を傾げた。妙の言ってる意味が分からない。
「だからね、私が猫みたいな動物に見えるかってことなんだけど」
「アネゴはアネゴに見えるアル」
「そうよねえ・・・」
妙も言いながら首を捻っている。
「アネゴがネコに見えるアルか?」
「そう言われたの。あと猫みたいな耳がはえてるだとか、目が動物っぽいとか」
「目が大きいから?」
「そういう感じじゃなかったのよねえ」
神楽は妙を見つめる。一体そんなことを妙に言ったのは誰なのか、少し気になったがそれは今どうでもいい。もっと気になることがあるからだ。
「ネコの耳ってどんなのアル?」
妙にも神楽にも耳はある。神楽は人間ではないが、姿かたちは限りなく人間に近い。つまり人間と同じ耳を持っている。しかし天人の中には獣のような見た目をもつ種族も少なくはない。
「猫みたいな耳よ。それが、こう・・・私のここら辺にね」
「天人にもそういう耳の種族がいるネ。見た目は人間ぽいけど」
「へえ。耳だけが動物?」
「あとは尻尾とか。手とか足だけ動物みたいなのとか」
「じゃあ、それと間違えたのかしら」
何をどうやればそれと間違えたのか分からないが、そうでないと納得できない。妙には普通に見えるのだ。神楽もそうだと言う。妙を猫みたいと言った相手以外は。
「言われたのはそれだけアルか?」
神楽は妙の傍に寄り、じっくりと見ていく。いつもは妙を見上げているが、座っている妙と膝立ちしてる神楽なら神楽の方が目線が上だ。いつもは見えない場所が見えて、神楽は楽しくなってくる。
「アネゴ、触っていい?」
「うん、いいわよ」
妙の許可をとり、とりあえず頭をくるくると撫でてみた。どこかに耳があるのだろうか。つるつるとした髪の感触が気持ちいい。
「ないアル」
「耳はどう?」
「うーん」
今度は耳に触れた。軽く引っ張ったり、耳のふちをつまんだり。
「ネコじゃないネ。人間ネ」
「そっか」
ついでに目も見てみたが特に異変はなし。いつもどおりの妙だ。
「他に何か言ってたアルか?」
「そうね・・・あとは、歯が尖ってるとか」
妙が自分の口を指差す。これも言われたあとに確認してみたが分からなかったのだ。
「見ていい?」
「ええ、どうぞ」
神楽の細い指先が妙の唇に触れた。指先で唇を捲り上げながらそこを覗き込む。
「うーん・・・普通アル」
妙のどこが猫みたいなのか分からない。言われたという場所は、どこも普通と変わらなかった。神楽は妙の口元を見つめたまま頬を膨らませる。
「何も見つからないネ」
「ごめんね、見てもらっちゃって」
「それはいいアル。アネゴの頼みなら喜んでやるネ」
それに面白そうだと思ったのだ。なのにそれが空振りに終わり、なんだか物足りない。
「アネゴ。もう他にはないアルか?違うって言われたのはそれだけ?」
そう訊ねれば、妙が思い出したように頷いた。
「あのね、食べたくなるの」
「・・・食べる?」
予想外の言葉に、神楽が妙を凝視する。
「そう。なぜかしらね。その人を食べ物と思ってるわけじゃないけど、食べたいの」
不思議よね、と妙が微笑む。
「アネゴは私を食べたいアルか」
「神楽ちゃんを?」
「ほら、これ」
そう言って妙の口元に差し出したのは自分の指。先程まで妙の歯を調べていた指だ。
「食べたいアルか?」
うっすらと開いた唇を指でつつく。
「食べたいとは思わないかな。可愛いとは思うけど」
その刹那、妙の目の奥が鈍く光った気がした。
「美味しそうだとも思うかな」
唇にあてていた指が妙の歯に触れた。硬い歯にゆっくりと挟まれる。その歯が先ほどより尖っている気がして、神楽は妙の目を覗き込んだ。これが、動物みたいな目ということなのだろうか。
「アネゴ」
「どうしたの?」
「ちょっとネコっぽいアル。目とか、あと歯も」
「私?ほんとに?」
と、神楽をうかがう妙の目はいつもの優しい目に戻っていた。
「ほんとアル。食べられるかと思ったネ」
「ごめんね、痛くなかった?」
眉を顰めて口元を覆う妙。無意識にとはいえ神楽を傷つけようとしていたことにショックを受けているようだ。
「アネゴは私の指を食べるつもりだったアルか?」
痛くはなかった。恐怖もなかった。だから気にしなくていいと妙に告げる。
「言ったでしょ。神楽ちゃんは可愛いんだって」
困ったように笑う妙は、そっと神楽の頭を撫でた。
『細い指』
2015/10/26