目を閉じてください、と言われたのが数秒前。速攻で目を閉じて、妙を待つ。
「なに、キスでもしてくれんの」
むしろその期待しかないのにわざと言ってみる。
「いつまで閉じてりゃいいわけ。目隠しプレイでもすんの?お妙が俺に迫ってくるとか?なんだよそれ、サイコーじゃん」
「ち、ちがいます!」
「あ、そっか。お妙は目隠しされて迫られる側か。それはそれでサイコーなんだけど」
そういうプレイが好きなわけじゃないが、恥ずかしがるお妙を見ながらやらしいことするのは大好きだ。だからって普段のお妙が物足りないわけじゃない。朝も昼も夜も、心も身体も、満たされすぎて笑いたくなるくらい幸せだ。
「それで、どうした」
押し黙ってしまった妙に声をかける。怒っているわけじゃないのは分かってる。手を握れば、そっと握り返してくれたから。
「なんだよ、言えねーの?」
妙が小さく息を飲んだのが分かった。俺が機嫌を損ねたとでも思ったのだろうか。そんなわけないのに。
「じゃあお妙が言いたくなるまで膝枕して」
「え、あの」
「嫁さんの膝枕で時間潰すなんざ贅沢だよなー」
「あの、待って!」
ごろりと寝転がろうとして止められる。膝枕を拒否されたのは地味にショックだが、自然と嫁さんに抱きしめられたような形になってるのは良い。腕の感触も、匂いも、耳元で感じる息遣いも、何もかも。
「お妙」
目は閉じたまま、耳元に顔を寄せる。
「言ってみろって。なんでもいい。怒らねえし、笑わねえから」
何をしたいのか、言いたいのか。「ほら、」と軽く顔で押してみれば、その顔をそっと包まれた。手のひらが熱い。それが頬に伝わる。ああ、そうか。分かった。
「あーマジで?」
にやける顔は隠しきれない。
「あれ図星だったのか。ほんとにしてくれんの?マジで?今から嘘だつっても無理だからな」
頬は緩みっぱなし。だらしない顔をしてる自覚はある。
「だって、銀さんが・・・たまにはお前からしてほしいって・・・」
「言った言った。俺ばっかチューして、お妙は俺とチューしたくねーのって言ったわ」
確か酔っ払っていた時だ。酔いに任せて妙に絡んでいたことを思い出す。あの時は飲みすぎだと妙にしこたま怒られたが、こんなご褒美が待ってるなんて。あの時の俺に礼を言いたい。もっと絡んで、もっとやらしいこと言えば良かった。さすがにダメか。
と、そんなことを考えていたら、頬を包む手に力がこもった。
「目、開けないで下さいね」
「お前がいいって言うまで閉じてるよ」
少し間があって、唇に柔らかな感触。いい匂い。遠慮がちなのが妙らしくて、それだけで嬉しくなってくる。
ぎこちなく触れていた唇が離れたとき、俺はたまらず笑ってしまった。
「やばい。幸せすぎる」
多分、俺は今変な顔で笑っているだろう。だから妙も笑ってくれていいのに、なぜかそっと頬を撫でられた。満たされすぎて、溢れてしまって、いつかなくなってしまうんじゃないか。そう思ってしまったのがバレたのかもしれない。
「なあ、一回だけ?」
頬に添えられた妙の手に顔を擦り付け、手のひらに口づける。
「もうちょっと頑張ってみねえ?なんかイイことあるかもよ」
そのイイことは俺にとってだけど、妙にとってもイイことだと思いたい。
「な、お妙。もう一回」
実感させてほしいんだよ。これは夢じゃないってさ。
『キスしてほしい』
2015/10/25