あ、と妙が思ったと同時に、マグカップの中身が零れてしまっていた。
「ごめんっ、大丈夫!?」
「ありゃりゃ、零れちまいやしたね」
零した量は大したことはないが、その大半は沖田の黒いTシャツにかっている。
「大変っ、その服脱いで!」
「これですかィ?」
焦った妙は沖田のTシャツを手を伸ばす。熱くないだろうか、火傷していないだろうか。心配で、自分が何をしているのかよく分かっていなかった。
「シャツは後で洗っておくから、それよりもここ」
「ここ?」
ちょうど胸の辺り。皮膚が少し赤くなっている。
「ここ、熱いでしょ」
妙は眉尻を下げ、赤くなった箇所の周りにそっと触れた。肌の感触が指に伝わる。そこは思っていたよりも硬くて、女の身体とは全く違うのだと気付く。そして今の自分の状況にも気付いた。
「俺は志村さんに襲われちまうんですかねィ」
ベッドに背を預けて座る沖田と目が合った。妙の動きが止まる。今、自分は何をしているのだろうか。沖田の脚の間に座り込み、服を脱がせ、その肌に触れている。
「あの、ごめんなさいっ」
「待った」
弾かれたように手を離せば、逆にその手を沖田に掴まれてしまった。
「ここまでしといて、それはねえだろィ?」
「あの、これは」
「俺の心配してくれてたんじゃねーの?」
言われてハッと思い出す。恥ずかしがっている場合ではない。
「沖田くん、あの、赤くなってるところを冷やさないと」
「水も氷もタオルもいりやせんぜ」
「でも」
「元から熱くない。志村さんが気にしすぎてるだけでさァ」
「だとしても、そのままにしておけないよ」
「じゃあ舐めて」
沖田が平然と、事もなげに告げる。
「舐めりゃ治るってテレビで言ってやしたぜ」
「そ、それはそういう意味じゃなくて、大げさに言ってるというか、」
「俺はそういう意味で言ってるけど?」
掴まれた手が沖田の胸に当てられた。微かに赤くなっている肌の上に置かれた自分の手。
「俺に悪いと思ってんなら、俺の頼みをきいてくだせえよ」
沖田が上半身裸なのは妙が脱がしたからで。それは妙が零したものが沖田にかかったからで。確かにこの状況は全て妙が招いたものだから沖田の言う通りなのだが。
「沖田くんに上手く丸め込まれてる気がする」
「まさか。考えすぎですぜ」
服を着ていれば華奢に見えるのに、しっかりと筋肉を纏った身体。自分とは違うもの。妙は落ち着かず、視線を彷徨わせてしまう。
「沖田くん、本当に痛くないの?火傷してない?」
「火傷なんてしてねえし痛くもない。現に俺は熱いって一度も言ってねえだろ?」
思い返せば確かにそうだ。あの時沖田は驚いてはいたが、熱いなどという反応はしていなかった。
「舐めてっていうの、手当とか関係なくて俺のワガママってバレやしたか?」
笑いを含んだ声が耳をくすぐる。
「志村さんに触れてもらえるチャンス、俺がみすみす逃すわけねえでしょ」
手のひらに感じる鼓動が自分と同じくらい速くて。それをもっと近くで確かめてみるのもいいなと思った。
『味わう鼓動』
2015/10/18